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一期一会 第二部  作者: ヤルターフ
第一編 賢兄賢弟
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魔法使い 3

 一人の少年が画材を抱え、もう一人の子供が丸椅子を持って、家路に着くこの二人は読者の推察通り、アルバとオメガだった。イェオーシュアとの愛別離苦あいべつりくを経た、あの兄弟である。


 母親は土に帰し、魂は天に召され、愛児達は地上に残された。兄弟は今わの際に臨み、思い出を胸にしまい、言葉を命に刻んだ。そして兄のアルバは母親の代わりにオメガを守ることを誓い、弟のオメガは兄を助けることを誓ったのだ。アルバはその誓いを忘れぬためにと、静かに微笑みをたたえ、安らかに眠る母の死に顔を描き、例の保管場所にしまった。オメガは魂の欲するままに、イェオーシュアの頬にキスをした。


 これほど愛に満ちたキスが他にあるだろうか!


 母親との誓いを果たすべく、アルバは自身の夢を一旦棚に上げ、弟を守る為に一意専心した。小学校に通っていた頃から続けていた新聞配達をして、帰宅すると朝食を作り、一緒に家を出てオメガを学校の前まで送り、それからロイドの店に向かう。母親を亡くした兄弟を不憫に思ったロイドはアルバを快く受け入れた。そうしてアルバを一人前にすべく、一から仕事を教えた。アルバの最初の仕事は材料の整頓や作業場の清掃であり、手の空いた時間を見つけ、従業員や親方の仕事を見てはそれを真似ていた。そういった積み重ねのおかげか、アルバは半年でワイシャツやブラウスを作ることが出来るようになった。また得意の絵を生かしてドレスやワンピース等のデザインを描き、ロイドは彼の才能を重宝した。


 オメガもまた母親との誓いを果たすべく、幼いなりに兄を助けていた。


「今日からはぼくが朝ご飯を作るお!」


 と言ってオメガはキッチンに立って朝食を作り、一人で支度をして学校に行っていた。家に帰ると部屋の掃除をして、そのあとに宿題やその日に習った勉強の復習や予習をしていた。そうして夕方になると、兄の職場に行って買い物をするためのお金を受け取り、家に帰るとお米を洗い、兄の帰りを待ちつつ好きな読書をしていた。


 弟が買い物をして留守番が出来るようになったので、兄は従業員の誰よりも早く出勤し、夕方の六時まで仕事ができるようになった。そうなるといよいよロイドはアルバに仕事を覚えさせた。アルバの絵の才能を見込んだロイドは、よく彼を供にして得意客の家に訪問しては服の完成図を彼に描かせていた。これがなかなかに評判で、ロイドの仕立て屋はおおいに繁盛した。まだ中学生で、仕立て屋の仕事は覚えることが沢山あったが、ロイドはデザイン料の対価としてアルバの給料を上げた。


 時間こそ最良の特効薬である。


 死に逝く母親の手をつなぎ、二人で力を合わせて生きてゆくことを誓ったあの日。以来アルバは弟を守るために働き、オメガは兄を助けるべく手伝い、そうして一年が過ぎた。悲しみに覆われた過去はいつしか薄れ、朧気になっていく。けれども思い出は美しいものとなり、それを糧にして兄弟は逞しく生きていた。この事がまさに母親の願いであった。ただそれだけを彼女は地上で祈り、しかして約束の地にて叶ったのだ。イェオーシュアが愛を持って愛児達にしてきたように、兄は愛を持ってオメガを守り、弟は兄の愛に応えるべく助けていた。母親の愚直にも似た生き方を、兄弟はその眼を通じて心で感じていたのである。


 このいじらしい兄弟は母親の忌辰(きしんになると、小さな桜の木の下にある墓に赴き、手に持った沢山のかすみ草を供え日々の報告をしていた。そうして兄弟は改めて地に眠る母親に誓願を発てていた。少年と幼い子供はその時だけ世外の人となり、果てしない大宇宙と心内にある小宇宙を介して、生命にたゆたうイェオーシュアを感じていたのである。

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