英雄との邂逅 13
「あの、一緒に見てもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも」
そう返事して赤髪の男が一歩横にずれ、プティを肩に乗せたオメガが横に並んで目の前にある絵をただ見つめていた。それはナポレオン率いるフランス軍が英雄墳墓の地イタリアに行軍するあの有名な絵である。
「ルビコンを渡ってローマへ!」
シーザーがそう言ったようにナポレオンもまたアルプスを越えていくあの絵だ。満天の彩雲、満地の薫風、見上げれば壮麗なる山々。その頂にある万年雪はシーザーとポンペイとブルータスとホーレースとダンテを見下ろしていたに違いない。
しばらくすると赤髪の男が隣の絵を見るために移動したのでオメガもついていく。そして二人はさっきと同じように並び、後ろに手を組んで絵を見始めた。黒萌黄の軍服に三角帽を被り、白手袋をした左手をポケットにしまい、白馬に跨がって右手を天に指したナポレオンが緋のビロードのマントを翻している。天上天下唯我独尊、勇気凛々と、堂々たる面持ちをして炯々たる瞳がこちらを見つめている。
ふいに赤髪の男がオメガに尋ねた。
「彼はいま、何をしていると思う?」
少し考えてオメガが口にした。
「天国でシーザーに自慢してるお」
「地獄、だったら?」
「鬼達相手に喧嘩をしているお」
それを聞いて赤髪の男は機嫌良く笑った。
「ぼくはオメガだお、おじさんは?」
「レウレトと呼んでくれ」
「わかったお、レウレトはどっかで見たことあるお」
つとプティが口を挟んだ。
「オメガ、あれだお。総司令官に似てるんだお」
「そうだとしたらすごいお」
「残念ながら私は総司令官じゃないよ」
「それは残念だお」
ぱらぱらとあられが肌に当たるのがこそばゆいようにレウレトは顔を綻ばせて聞いていた。
「ところで、今日はオメガ君一人でここに来たのかな?」
「違うお、親友のプティもいるお」
ひらりとプティが浮いてレウレトにお辞儀した。
「これは失敬、御家族は?」
「ニーニがいるお。でもいまは仕事してるお」
「そうか、父君や母君はいらっしゃるのかな?」
「いないお、パーパはあちこち飛んでて、マーマは天国にいるお」
「そうか……、では、オメガ君はプティ君と兄君の三人で暮らしてるんだね?」
「そうだお、ニーニがぼくを育ててくれてるんだお。ニーニが仕事してる間はぼくが買い物や部屋の掃除をしてるんだお。二人で助け合うってマーマに約束したんだお」
「きみは偉いな」
「エヘヘッ」
「良かったら、きみのお兄さんの名前を教えて欲しい」
「アルバだお」
「アルバ君か、覚えておこう……。シャーロット」
レウレトが呼ぶと青の犬耳をしたワンレンの女性が側に寄り、言伝を聞くと部屋の外にいってしまった。
「オメガ君の将来の夢は何かな?」
「小説家だお、みんながワクワクするような本を書くんだお」
「それは素晴らしい夢だ! オメガ君の本を読んでみたいものだ」
「楽しみにするんだお」
「ああ、楽しみに待っているぞ」
ナポレオンの前で二人と一匹がしばらく談笑していると、先程のシャーロットが紙袋を持って戻ってきた。
「オメガ君、記念に受け取ってくれ」
レウレトがそう言うと、シャーロットは紙袋をオメガに渡した。中にはポスターやポストカード、ベートーベンの交響曲第三番"エロイカ"のCD、万年筆、缶入りのクッキーとチョコレートが入っている。
「いいの?」
オメガが顔を明るくして聞くと、
「ああ、もちろんさ」
と、レウレトは笑顔で答えた。
「ありがとうだお!」
「さて……、そろそろ私は戻らなければならない。オメガ君、また会おう」
「うん、またね」
二人は握手を交わし、それからレウレトを含む三人が部屋を去り、見えなくなるまでオメガとプティは手を振っていた。




