魔法使い 2
老人の優しい口調で紡がれる物語が空想の世界へ誘う。伝記を読んでいた子供は目をまん丸くして聞いていた。
「それでの、若かりしナポレオンが牢の中でこう言うんじゃ……。おれの良心が、おれの裁判官だ。……ての」
「ナポレオンかっこいいお」
「ほっほ……」
ニーニと呼ばれた少年は弟が楽しそうに老人の話を聞いていたので、いつもより時間をかけて似顔絵を描いていた。
「できましたよ」
「どれどれ……、ほう、素晴らしい出来じゃのう」
「ありがとうございます」
「おいくらかの?」
「一アール以上頂ければ」
「ふむ……、両手を出してもらえるかの?」
少年が言われた通りにすると、老人は彼の両手の上に皮袋を置いた。
「それから君にはこれをあげよう」
そう言って老人が差し出したシワだらけの手には木で掘ったような、古ぼけた小さなわんわんおが乗っていた。
「わんわんおだお!」
「そいつは不思議なやつでの……、物や人がいる場所を瞬時に導き出してくれるんじゃ」
「ほんとう?」
「ほんとうじゃとも。試しに地面に置いて、尋ねてみなさい」
「うん! じゃあ……、マーマはどこ?」
子供の問い掛けにわんわんおがピクリと反応した。そして少しだけ宙に浮いて、凄まじい速さで回転する。そしてやにわにピタッと止まって、天空を仰いだ。
「マーマはお空にいるの?」
「そうだね、お母さんは天国にいるんだよ」
と銀髪の少年が答えた。
「そうなの?」
「ああ、お空の上に天国があるんだ。だからお母さんはいつも空の上からぼくらを見守っているんだよ。わかったかい?」
「わかったお」
この兄弟の会話から不幸を察したのか、ふと老人が尋ねた。
「ときに少年」
「はい」
「お母様は亡くなられたのか?」
「ええ……」
「お父様は?」
「父はわかりません。生きているのか、死んでいるのかも……」
「ふむ……、そういえば名前を聞いてなかったの」
この老人の問い掛けに銀髪の少年が居住まいを改めて、自身の名を口にした。
「アルバ=アージェンティークです」
そう少年が名乗るのを聞いて、老人は持っていたステッキを手から離してしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「だいじょぶじゃ……、ちと用事を思い出した、それじゃあの」
そう言って老人はステッキを拾い、軽く咳ばらいをしてその場を後にした。アルバと名乗った少年は足元に色紙があるのに気づき、それを拾い上げて声をかけようとしたが、姿が見当たらない。それで老人の行方を聞こうと、花壇の縁に座っている子供に話し掛けた。
「オメガ、おじいさんは?」
「ひゅうっ! って、お空に飛んでいったお。ほんとに魔法使いだったんだお」
「そ、そう……」
言って不思議がりながらも元の場所に座って、何とは無しに皮袋の中身を見ると、そこには黄金色に輝く、たくさんのレウレト金貨が入っていた。
「オ、オメガ!」
「なんだお?」
「金貨がこんなにいっぱい!」
「すごいお」
「オメガ、今日はもう店仕舞いだ」
「もう?」
「ああ、いったん家に帰るぞ」
「わかったお、そのあとどうするんだお?」
「この金貨を銀行に預ける」
「ニーニはえらいお」
「そのあと百科書店に行って、オメガが欲しがっていた本を買うぞ!」
「やったお! ニーニ太っ腹だお!」