真夏の夜の夢 12
「シャノワ、大丈夫かい?」
「ええ、アルバは?」
「叫び過ぎてのどがカラカラだよ」
「フフッ」
「少し休もうよ、なにか飲む?」
「じゃあ……、ラムネをお願い」
「わかった、あの日陰のあるベンチで待ってて」
言ってアルバが屋台に買いに行って、言われた通りにシャノワがベンチに座って待っている。そうして二人はベンチに座り、渇いたのどを潤した。ひんやりとした風が二人の頬を優しく撫で、火照った顔を冷やしていく。ふと空を見上げれば陽は傾き、碧天が茜色に染まろうとしている。
「次はどこに行くの?」
シャノワが尋ねると、アルバが微笑みつつ言った。
「シャノワに見せたいものがあるんだ」
「それってなに?」
「見てからのお楽しみ」
言ってアルバがすくと立ち上がり、シャノワの正面に立って右手を差し出す。
「じゃあ……、行こうか」
「うん」
そう返事をしつつ、シャノワはゆったりとアルバの手を取った。
「見えてきたよ」
アルバが指差す方へ見やれば、わんわんおを形取ったゴンドラが回る観覧車が屹として立っている。二人はそこへ向かい、相対するようして席に着いた時、アルバがまた言った。
「ねえシャノワ、目をつぶってて。ぼくが良いって言うまで開けちゃダメだよ」
「えっ、なんで?」
「いいから早く」
「これでいいかしら?」
言ってシャノワが目を閉じて、顔をうつむかせる。
「うん、そんな感じ」
カタコトと音を鳴らして二人を載せた観覧車が空へと昇っていく。時折アルバが座る位置をずらすので、シャノワは胸の鼓動を速くさせてしまう。
「まだ?」
「まだだね」
ちょっとしてシャノワが口を開いた。
「まだかな?」
「もう少し」
予感と期待を膨らませながらシャノワがまた尋ねる。
「もう、開けてもいい?」
「もうちょっとだけ待って」
じりじりと焦らされて仕方がない。だがいまは我慢して、アルバの言う通りにするしかない。そうして鼓動を打つ音しか聴こえなくなった時、やっと許可がおりた。
「いいよ、ゆっくり目を開けて」
言われてシャノワがゆっくりとまぶたを開く。少し眩しかったが慣れてくると、眼前にはアルバが優しく微笑んでいた。そんな彼が黙って人差し指を立てて窓に向ける。
「わあ……」
思わず感嘆の声を洩らした彼女の黒い瞳に映った光景は、想像以上のものだった。それはアルバやシャノワが暮らしている桜華街の町並みである。眼下には港と小さな船が行き来していて、その先に統領府、わんわん時計台、凱旋通り、人々が生活している家々……。そういったものが夕日に照らされて薔薇色に染まっている。
「シャノワ、反対側も見てごらん」
アルバに促されてシャノワが反対側の窓に顔を向ける。するとそこには幻想的な風景が展開されていた。西の空に闇のカーテンが降りてきて、散りばめられた星々がちらちらと輝いている。さらには大海に沈みゆかんとする夕陽を背景にして、海猫が二羽三羽と巣へ帰っていく。そうして目路遥か彼方には黄金色に輝く海が果てしなく続いている。
「これをシャノワに見せたかったんだ」
言ってアルバがおもむろに話し始めた。
「お母さんとオメガとぼくでこの時間の観覧車に乗った時、いつかまたこの景色を見に行こうって思ったんだ。だから、それで……」
「アルバ、ありがとう。嬉しいわ」
「う、うん」
「綺麗ね……」
「うん……」
そう返事をして、なんとはなしにアルバがちらとシャノワを窺う。内に跳ねた艶やかな黒髪。柔らかそうな大きな犬耳。憂いげな瞳と雪のように白い肌。シャノワもまたアルバと同じようにしていた。ほろほろと解けそうな銀髪と銀色の犬耳は夕陽に当たって紫に染まり、秀美な弧を描いた眉の下には碧青の瞳が優しく瞬いている。
「シャノワ、君が好きだ」
ふいにアルバがそう言った。
「わたしもアルバのことが好き」
言ってシャノワが一粒の涙を零す。アルバがそれに人差し指で拭い、シャノワがそっと手を添える。
「わたしが良いって言うまで、目をつむって」
「こうかい?」
おもむろにシャノワがアルバの顔に寄せて、互いの唇が触れあう。
「……、良いよ」
熱い吐息をさせてシャノワが言い、まぶたを開いたアルバが物惜しげに彼女を見つめている。そうして甘い痺れを残した唇で、こう言った。
「もう一度……、して」
彼に覆い被さって、彼女がもう一度キスをした。




