真夏の夜の夢 10
二人は屋敷の門に居る係員にIDカードを見せ、エントランスに進んだ。屋敷内はいかにも上品な趣が感じられるのだが、一種異様な雰囲気を醸し出していた。それは窓を覆うようにして十字に打ち張られた板があちこちにあって、床に敷かれた赤絨毯をよく見ると血痕のようなものが残されていたり、風も無いのに天井から吊されたシャンデリアが揺れていたり、なにより屋内は薄暗く、白い靄が立ち込めていたことがこの初々しいカップルにひどく鈍重な印象を与えていた。
「ね、ねえアルバ、やっぱり進むのやめない?」
か細い声でシャノワが言うと、上ずった声をしてアルバが答えた。
「な、なに言ってるんだよ。君が行きたいって言うから来たんじゃないか」
「だって、ものすごく嫌な予感……」
そうシャノワが言い終わろうとした途端、目だし帽で顔を隠し、黒服を着た背の高い男が視界に映った。その男が足音一つさせないでこちらに歩いてくる。そうして怯えている二人の前に立ち止まって軽く会釈をすると、カラスが首を締め付けられたような声でこう言った。
「当屋敷へようこそお二方、しかしこの先へ進むのはやめたほうがよろしいかも知れません。先ほど入られたドアからお帰り下さい」
言って男が火傷痕のある左手を差し出してドアの方へ向ける。恐怖に駆られたシャノワが踵を返してドアに手をかけたが、なぜかドアノブは回らなかった。
「ア、アルバ! ドアが開かない!」
「なんだって?」
シャノワに代わってアルバがガチャガチャと動かすが、やはりドアはうんともすんとも動かない。
「困りましたねえ……、どうやら主はあなた方をお気に召されたようだ……」
言って男が首を傾げつつ二人に近づいて目の前で立ち止まると、もったいぶるように喜悦混じりのカラス声をして語りはじめた。
「先ほど、エクソシストの方と修行僧の方がこのエントランスを通り、あの入口の先にあるホールに向かわれました。その二人に会えるようであれば、あなた方は助かるかも知れませんねえ……」
固唾を飲んで話に聞きいっているアルバとシャノワに男は語を接いだ。
「ですがもし会えなければ、この屋敷の中を永遠にさまようことになります。そして私のように……」
やにわに男が言いながら目だし帽を取り外すと、左半分が焼けただれ、そのせいで無惨にも目玉を失った顔が現れた。そして眼球の無い、窪んだ左目が二人を睨んで、
「目玉をえぐり出されてしまうんですよ!」
と絶叫した。それは二人の心肝を凍らせた。そうしていまにも泣き出しそうなシャノワに男がゆっくりと近づいて、左目に指を突っ込んで、こう言うのだ。
「素敵な瞳をお持ちですな、マドモアゼル?」
恐怖に駆られた二人は悲鳴をあげながら不気味に笑っている執事を押しのけ、ただひたすらに疾走した。そうしてだだっ広いホールの中ほどまで進んだ途端、バタン! という大きな音がホールにこだました。それで我を取り戻した二人が立ち止まって振り向くと、やはりドアは閉まっていた。
「ア、アルバ……」
言ってシャノワがアルバの袖を掴む。
「どうやら、先に進むしかないみたいだね……」
「でも、わたし……」
見るとシャノワの膝がガクガクと震えている。
「大丈夫、ぼくの手を握って」
言われた通りにシャノワが握ると、アルバの手も震えていた。
「必ず、君を守るから」
「うん」
こんな具合に二人が励ましあってホールを抜けようと前進していくと、褐色の犬耳をしてW.D.Lの制服を着た係員が立っているのが見える。それでアルバが地獄に仏とばかりに声を掛けた。
「あ、あの!」
「どうしました?」
「ぼくたち出口を探してるんです。どう行けば……」
「ああ、それならこの廊下をまっすぐ行くと突き当たりに二つのドアがあって、左のドアを開ければ出口に行けますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
そうアルバ達が安堵の表情を浮かべつつ立ち去ろうとした瞬間、ふいに係員が呼び止めた。




