真夏の夜の夢 7
長年リチャードは王族に親しまれ、また愛されていたから、日々を重ねるうちに備わった王侯貴族特有の気品と、そのプライドが震怒させたのである。そうして彼は人知れず山奥で一人暮らし、以来二百年もの間動かずにいた。そのせいで神々しいその体はびっしりと苔に覆われてしまった。
ある日、この山奥に集落を造ろうとシェイン族達が入り、開拓した。孤独なる二百年という歳月がいかに長かったか。寂しかったのだろう、シェイン族の温もりに溢れた生活を見たリチャードは苔むした体を動かして、接触を図った。彼は人語を解していたし、山奥の神気のおかげで人の心を介して話すことができた。ためにこの大きな毬藻に話し掛けられたシェイン族は殊更に驚いた。だがリチャードを心良く迎え、彼の苔むした体を洗い流し、丁寧に磨き、敬愛を込めて接した。
――絢爛荘重華やかなる王侯暮らしも良かったが、素朴で慎ましやかな森の暮らしもまた心安らぐものだな。
シェイン族の子供達とひなたぼっこしながら、リチャードは感慨に耽っていた。しかし安息の日々は長く続かなかった。この集落もまた人間達の手により焼き払われたからである。
リチャードはまた一人ぼっちになってしまった。そうして彷徨していると、自分と同じようにしている仲間を見つけた。やがて仲間が増えていくと、ある感情がふつふつと彼の中で醸成されていった。
――なんとしても我らの安住の地を求めなければならぬ。いかにすべき。
王が王たる責務を果たすのは、これすなわち民を慮ってのこと。リチャードが慈悲とも言える感情を巡らしていると、ふと風が知らせを運んできた。遥か東の島国にシェイン族主権の自治領区があると。その国は海を隔てた彼方に鎮座していると。リチャードは決断した。
「我らの終の住家は皇国にあるべし。流浪の日々に終止符を打つべく海を渡り、彼の地へ羽ばたかん!」
辞色決然と大きな切り株の上で大音声を響かせば仲間達は皆歓呼して賛同する。こうして一千余のわんわんお達は細かく分かれ、飛空船の貨物に紛れて皇国へと旅立った。一番最後に飛空船に乗ったリチャードが遥々皇国に降り立った。そして全員の無事を確認すると、夜陰に紛れて自治領区へと進路を取る。そうしてとうとう到着すると、桜華街郊外にある田園に仲間を待機させ、リチャードは単身統領府へと赴いた。桜華街の人々が皆一様に驚嘆しては指を差す。だが彼は一向に気にも留めない。砂埃に塗れた体を意に介さず偉容燦として凱旋通りを往く。そうして途中にある広場のわんわん像に祈りを捧げ、それから統領府の正面玄関に向かった。
統領府の正面玄関には分厚いアクリル製の自動ドアがあり、そのドアの両側を挟んで緋色の軍服を着た二人の兵士が起立している。そこに王者のごとく振る舞って彼がふわふわと進みゆき、兵士の前にピタリと止まるや厳かに言を放つ。
「余はわんわん王リチャードである、任務ご苦労」
リチャードの毅然たる態度に圧倒されたのか、呆気にとられた兵士達がすんなりと通してしまう。中に入ってエントランス中央に進もうとした時、ちょうどデューイが通りかかるのを認めてリチャードが声を掛けた。
「もし、ルクレール公の執事か?」
内心驚いたデューイが少し逡巡して答えた。
「左様でございます」
「余はリチャードである、ルクレール公に謁見を賜りたい」
この申し出にデューイは困惑したが、並々ならぬ決意をしたこの珍客をもてなすべく彼を案内した。紅の間にて待つこと十分、執務室を通って応接室に入るとレウレト自ら歓待した。




