魔法使い 1
「二十世紀とはまさに戦争の世紀であった。私は二十一世紀を平和の世紀にしたい」
これはレウレトが米英帝国第三統領就任演説の際、冒頭にした言葉である。その後にシェイン自治領区に赴任してからの十年、彼がその鉄腕を奮ってこの自治領区は目覚ましい復興を成し遂げた。その中心にある桜華街には統領府からなる公的機関が集まり、幹線道路や鉄道等インフラ整備が進んでいるために各国から多くの海外旅行者が訪れている。
ルクレール国際空港から列車に乗り、統領府のあるルクレール駅を降りると、赤レンガが敷き詰められた大広場が広がっている。その真ん中にある立派なわんわんお像を中心として、周囲には軽食できるカフェなど様々な屋台が並んでおり、老若男女を問わず、たくさんのシェイン族が噴水の縁やベンチに腰かけ、思い思いに過ごしている。
こちら側を駅として、向かいにあるわんわんお像を挟んだ先に噴水が見える。そこからやや右手を見ると、色鮮やかな花達が植わっている花壇がある。その傍らに木でできた四つ脚の椅子と、もう一つ丸椅子があり、その横にキャンバスを置く台があって、その上にはレタリングされた文字で"似顔絵描きます”と書かれたスケッチブックが掛けられている。花壇の縁にはスケッチブックを抱え、鉛筆を持った少年がいて、傍らに座って本を読んでいる子供を時折横目で見てはスケッチブックに線を描いていた。
少年は銀髪直毛で、前髪はおでこが隠れる程度に、それから後ろと横は肩にかかるくらいまでおろし、薄水色のワイシャツに白のチノパンをサスペンダーで留め、足元には黒の革靴を履いている。傍らに座っている、わんわんおがプリントされた半袖のティーシャツに短パンを履いている子供は、本を読みつつ時折そばに置いてある分厚い辞書を手に取ってはにらめっこしている。坊ちゃん刈りをした栗色の髪は太陽の光に当たると金色に輝き、頭のてっぺんには天使の輪ができている。少年と、もっと小さな少年にはシェイン族特有の大きな犬耳が垂れており、スケッチブックを持つ少年には銀色の、辞書とにらめっこしている少年には栗色の耳が垂れていた。
時節は四月。陽光が燦として広場を照らし、草木皆嬉々として青々と茂り、隅々と桜が咲き乱れる中、人々が春を謳歌している。そうした中、ふと栗色の犬耳をした子供が読んでいた本から前方へと見やると、そこには三角帽子を被り、手にステッキを持ち、紫紺のローブを身にまとった一人の老人が、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
「ニーニ、お客様だお」
「わかった……、いらっしゃいませ」
「一つ、お願いできるかの?」
「かしこまりました」
ニーニと呼ばれた少年が持っていたハンカチで椅子を拭いて、それから老人を座らせた。
「よっこらせ……、と」
「それじゃあ始めますね」
しばらくして老人が栗色の髪をした子供に優しく話かけてきた。
「坊やはおいくつかの?」
「八つだお」
「ほうほう、なんの本を読んどるのかの?」
「ナポレオンの伝記だお」
「ほほっ、すごいのう。二人は兄弟かの?」
「そうだお、絵を描いてるのがニーニだお」
「そうかそうか……」
「おじいさんは魔法使いみたいだお」
「ほっほ、そうかも知れんのう。なんせわしはナポレオンをこの目で見たからのう」
「ほんと?」
「ほんとうじゃとも、こう……、小さい白馬にまたがっての。黒萌黄の軍服に灰色の外套を羽織って、黒の三角軍帽を被っての……」