真夏の夜の夢 3
「ねえ、アルバも応募してみたらどう?」
「えっ! ぼくが?」
「ええ」
「ぼくには無理だよ」
「そんなことないわ。あなたの絵、とても素敵よ」
「いや、そんな……」
「やってみないとわからないじゃない」
「うーん、確かにそうだけど……」
「そうよ、まずはやってみないと」
「でも、自信がないよ」
「大丈夫、自信をもって。わたしはアルバの絵、好きよ」
「えっ、あ、ありがと……」
そう言ってアルバが赤くなるので、シャノワも顔を赤くしてしまった。
「す、少し疲れたから広場に戻って休憩しようよ」
「そ、そうね、わかったわ」
「じゃあ行こう」
言って何気なくアルバが左手を差し出すと、うっかりしてシャノワがその手を取ってしまった。そうして二人はジリジリとした鈍い痺れを感じつつ美術館をあとにした。外に出るとやはり気恥ずかしかったのだろう。途中でシャノワが手を離し、代わりにアルバの袖をつまむ。気づいたアルバが振り向くと、ちょうど互いの目が合ってしまい、揃ってうつむいてしまった。そんな初々しいカップルが、広場へと続くなだらかな下り坂を歩いていく。
「あの店で休もう」
わんわんお広場に差し掛かった時、アルバが指差して言った。そこは彼が少し遅い昼食をとる時に使う馴染みの店で、名をビンテージという。この店はナポレオン三世が推進して造った現在のパリをモデルにして、レウレトが桜華街を区画整理する際に出来たものだ。内装はバロック様式をモチーフにして造られ、壁や窓枠を装飾する、やわらかな曲線によって優美な雰囲気を醸し出している。二百年以上経ったいまでもこの店は当時の面影をそのままに残しており、国民の憩いの場となっている。
アルバはいつもテラスで食事をしていた。だが今日は外が暑いのと、彼の姫君をもてなそうという想いと、なにより手を繋いだせいで火照った体を冷ましたかったから、二人は店内で休むことにした。普段は予約を取らないと座れない席があるのだが、他に空席がなかったので二人はそこに案内された。そしてアルバが紳士の礼儀作法に則してシャノワを席に促そうとする時、なぜか彼女は固まっていた。気になったアルバが見てみると、そこには木枠にはめ込まれた一枚の写真が掛けられていて、被写体には深紅のスーツにトレードマークのサングラスを掛けた、鉄のような顔をしたレウレトが椅子に座ってこちらを向いていた。この写真は店が完成して彼が視察に来た際に店の主人が記念として撮ったものである。彼は事務的な仕事より、こうして視察に赴くのを良く好んだ。戦地でもそうだったが、彼は何事も必ず自身の目で確認し、検分しなければ気が済まない性分であった。
「どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない」
言ってシャノワが皮張りの椅子に座り、写真に映るレウレトの居る席にアルバが腰を下ろす。少ししてウェイトレスが注文の品を持って来て、シャノワがティーカップを持った時、おもむろにアルバが口を開いた。
「ねえ、シャノワ」
「なあに?」
「遊園地、行ったことある?」
「ううん、行ったことないわ」
「じゃあこれから遊園地に行かない?」
そう言って胸ポケットからわんわんおとワオレッドが描かれた二枚のチケットをテーブルに置いた。
「ウソ! ホントに?」
「うん」
「嬉しい! わたし、一度行って見たかったんだ」
「前にそんなこと言ってたからそれで……」
「覚えててくれたんだ……、ありがとう」
「いや、その……、喜んでもらえて嬉しいよ」
と、アルバは耳をねじりながら言って続ける。
「そうだ、お昼はなに食べようか?」
「あ、わたしお弁当作ってきた」
「それは楽しみだ。いまから遊園地に行けばちょうどお昼だから、そこで食べようよ。確かフードコートもあるはずだし」
「ええ、いいわよ」
そう相槌して、ふとシャノワにある疑問が湧いてきた。そしてそれをそのまま言葉にした。




