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一期一会 第二部  作者: ヤルターフ
第三編 予兆
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暁闇 4

 オメガの術後の経過は順調だった。二次感染も無く、間仕切りのカーテンが外された三日目には病院食を平らげ、物足りない顔をしていた。


「ニーニ、犬さんウィンナーが食べたいお」

「わかった、夕食に持って来るからな」


 やはり暇だったのか、ある時、オメガがこう言っていた。


「ニーニ、ノートと筆箱と辞書を持ってきてよ」

「いいけど……、なにするんだ?」

「小説を書くんだお、まずは構想を書いてみるんだお」

「へえ、どんな話なんだ?」

「内緒だお」


 またある時はこんなことも言っていた。


「ニーニ、外を散歩したいお」

「仕方ないな、でも車椅子から立ったりしちゃダメだぞ」

「わかったお」


 こんなふうにアルバはかいがいしく面倒を見て、弟のわがままを聞いていた。七日目にオメガは自分で体を起こせるようになっていた。検査の結果も良好で異常は全く見られない。この調子ならあと十日もすれば退院できるだろうとのことだった。


 十日目には抜糸をした。糸が抜かれる度にオメガはちくちくとむずかゆさを感じていたが、違和感から解放されたので機嫌がよかった。そうしてやっとオメガの退院する日がやってきた。オメガが退院したので、その報告をするため仕立て屋に行った時、親方のロイドがパイプの煙を吹かして言った。


「弟さんの夏休みが終わるまで、おまえも休みを取れ」

「いいんですか、親方?」

「ああ、他の従業員にも休みを取らせるようにしている。おれもカカアとガキのサービスをしなけりゃなんねえ。だもんで店は休みだ」

「そうなんですか……」

「そのかわり、休みが終わったらみっちり働いてもらうからな」

「はい!」


 しっかりとしたアルバの返事を聞いて、ロイドは気持ち良さそうに煙をふかしていた。


 アパートでアルバが昼食の支度をしていると、終業式を終えたオメガが宿題をどっさり抱えて家に帰ってきた。そのあまりの量にオメガはうんざりとしていたので、見かねたアルバが助言した。


「ユウちゃんに頼んで、手伝ってもらえばいいんじゃないか?」

「それは名案だお! たまにはいいこと言うお」

「たまには余計だ」

「ごめんだおっお」


 それでオメガが毎日百科書店に行くようになったので、アルバは暇になってしまった。そして従来の生活が戻ってきたと、心に安息が訪れるのを感じていた。そうすると、ふと彼の脳裏に恋慕する人が浮かんできた。深紅のメイド服を着て、艶やかな黒髪をしたシャノワだ。


――しばらく忙しくて、ゆっくり話すことも出来てなかったな……。彼女は元気にしているだろうか。


 そう思うと、彼の心中にある欲求がふつふつと湧いてきた。その欲求を満たすべく、受話器を取った。


「もしもし?」


 呼び出し音の後にシャノワの声が聴こえてきた。


「やあシャノワ、いま大丈夫かい?」

「ええ、大丈夫よ」

「良かった、今度の休みっていつかな?」

「そうね……、あさってが休日だわ」

「その日、逢えないかな?」

「いいわよ」

「やった! じゃあ、あさっての十時にわんわんお像の前で」

「わかったわ」

「じゃあ、またね」


 言って受話器を置くと、アルバはソファに座って、虹色に溢れる夢の世界を想像した。


――シャノワに会えるのは久しぶりな気がする。彼女はどうしていたかな。色々と話したいことが山ほどある。そういえば彼女は絵が好きだったっかな……。そうだ、最初はカフェに行って、それから美術館に行こう。そのあと遊園地に行って、そこで昼食をとって……。しまった! 着て行く服が無いじゃないか! デートをするんだから、さすがにいつもの服じゃまずいよな……。


 そんなふうにしてアルバはじっと動かず、オメガが帰ってくるまでロダンの作った彫刻の格好をしていた。

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