暁闇 2
廊下は闃寂としている。ふいに音も無く手術中と表示された赤いランプが点灯した。それを確認してからアルバは手術室に相対して置かれた長椅子に座り、両手を組んで額に当て、目を閉じた。そうしてしばらくアルバはじっとしていた。時計だけが今を刻んでいる。気になってその方へ見やるが、ようやく針は十時半を回ったばかりである。
――まだこんな時間か。
そう思い、一つため息をついて目をつむる。肩の上に乗ったプティもまたじっとしてアルバの横顔を見つめている。
手術中のランプが消えるまで、アルバは何をしていたのか。端からは何もせず、じっと座っているようにも見える。しかし彼の胸中では勇気と希望が手を組み、憂鬱と絶望が周りを囲み、互いを牽制しあい、睨み合っていた。憂鬱と絶望が罵り、勇気と希望が背中を合わせて、敢然と立ち向かっていたのだ。そういったことが次々と泡のように発生しては消散していく。それに疲れたのか、アルバが顔を上げ、手術中のランプを、それから時計を見る。それらを確認しては一つため息をつき、また戦闘を再開した。弟が全生命力を持って病魔と戦っているように、兄も戦っていたのだ。
そうして長い長い時間が過ぎていって、とうとう手術中のランプが消えた。それに気づき、判決を言い渡されるような顔をしてアルバが立ち上がった。そして医師が出てくると、つとアルバが駆け寄って恐る恐る尋ねた。
「先生……、弟は……、オメガは!」
「手術は無事、成功しましたよ」
「あ……、ありがとうございます!」
アルバがそう言うと、ベッドに横たわり、呼吸器を着けたオメガがドアから出てきた。全身が安堵感で包まれるのを感じつつ、彼はただ涙を流し、病室に運ばれるオメガを見続けていた。それから少しして、彼はオメガの手術が無事に成功したことを報告していた。オメガの担任の先生に、次に仕事先のロイドに、さらにユウのいる百科書店に、そしてシャノワに電話を掛けた。彼女と話している時、彼は涙を零してはうなずいていた。シャノワもアルバの苦悩を感じていたのだろう。
「アルバ、頑張ったね」
そうシャノワが言うと、
「うん……、ありがとう……」
と、子供のようにしゃっくりしながら返事していた。
報告を終えて、病室に着くとオメガは静かに眠っていた。カーテンを開け放した窓から光が差していて、幼い寝顔は薔薇色に染まっている。アルバは肩に乗っていたプティをオメガの傍らに置いた。すると感極まったのか、プティはふるふると体を震わせていた。心労のためか、アルバはカーテンの傍にある丸椅子に座って背中を壁に預けると、まどろんでしまった。無理もあるまい。この一週間、起きている時は心中で暴風雨が吹き荒れ、ために眠れない夜を過ごしていたのだ。また眠っていたとしても、夢の中では唯一無二の存在を失うかもしれないと、恐怖に襲われていたのだから。




