希望と憂鬱の狭間 3
医師の話を聞いて、アルバは前後不覚に陥った。いったいどうやって病院から出たのかもわからないほど混乱していた。
――オメガが……、死ぬ?
そう思うと、いい知れぬ恐怖が影のように纏わり付くのを感じた。そしてその影を振り払うかのように、どこへ行くとも知れずに走りだした。
アルバの働く店は凱旋通りを挟んで、百科書店の向かいにある。こじんまりとした店の外観はなかなかに風情があって、看板には"ロイド服飾店"とだけ書いてあり、ショーウィンドウの右隅に"御注文賜ります"という貼紙と、"ルクレール家御用達"という掛け看板が飾られている。その店先で店主のロイドがパイプを持ち、難しい顔をして煙をふかしていた。トレードマークのベレー帽を被り、いつも難しい顔をしていたロイドはいかにも職人気質な人間である。仕事に関しては頑固一徹そのものだが、そのため腕は一流と人々に評判だ。寡黙で人を寄せつけない印象を与えていたが、それは初対面の場合だけである。ある程度付き合いがあって、気心が知れると、いつも彼から親しみのある声で呼び掛けていた。また面倒見がよく、凱旋通りにある市場の人間や、店を営む仲間の相談話を聞いては助言を与えていた。
そんな彼にもやはり趣味があって、特に競馬が好きだったらしい。定休日の月曜には馴染みのカフェバーである"ビンテージ"に行って、エスプレッソに塩を一つまみしたものを飲み、パイプを燻らせては仲間と"戦果報告"をしたり、来週のレースの展望を語っていた。そうしてメインレース出走の時間前になるとロイドは従業員に仕事を中断させて、それからラジオのスイッチを入れた。お針子と呼ばれる従業員達はその時だけ手を休め、親方の予想とレースの展開を笑顔で聞くのだ。あまりなかったが、親方がレースを的中させると拍手をして従業員達は称賛した。そして大概の場合は外すのだが、従業員達は拍手の代わりにミシンを動かしていた。その音を聴いてロイドはいつもの難しい顔をしてラジオのスイッチを切るのである。
紫煙を燻らせて日光浴をしているロイドは弟子がうつむいて歩いて来るのを見つけた。それで気になったので声をかけた。
「アルバ、おめえがしょぼくれてるなんざ珍しいな。どうしたんだ?」
「親方……」
言ったきりアルバはその場に立ち止まってしまった。
「そんなとこに突っ立ってもしょうがねえ、中に入れ」
そう言ってロイドは店の中に入っていき、アルバもついていった。
お針子たちが黙々と作業している中を通り、店の奥に進むと休憩室がある。そこには年中置いてある石油ストーブと、いくつかの丸椅子がある。その一つにロイドが座り、隣にアルバを座らせると煙を一つ吹かして言った。
「そんで、どうした?」
「実は……」
医師から聞いたことをロイドに話すと、
「そうか……」
そう言ってロイドは大きく煙を吐いて、それから語を次いだ。




