シャノワの憂鬱 4
紫陽花五色彩る六月、週末はアルバに絵を描いてもらうことが彼女の日課になっている。そんな折、彼から絵を渡されて代わりにその対価を払おうとした。しかるに彼はそれを拒否しようとする。どうしようかと考える彼女に名案が浮かんできた。それは彼自身の似顔絵を依頼することだ。こうすれば対価も払える。なにより彼が描かれた絵を飾って四六時中眺めることができるではないか。我ながら冴えている。そう思いながら提案すると、彼は快く約束してくれた。
一日千秋の想いで彼女はその日を待っていた。そうしてその日がやってきた。もの憂げにまぶたを開き、寝たまま背伸びをして、ゆっくりと体を起こす。まだモヤが残る頭の中で、ふとどこからか自分の声で叫んでいるのが聞こえてきた。
――今日は約束の日だよ!
すると頭の中のモヤは一気に吹き飛んだ。猫の俊敏さでベッドから立ち上がり、窓に歩み寄って、しゃっとカーテンを開ける。はたして外は窓を打ちつける大雨だった。彼女は長大息した。こうしていても仕方ないと諦めて普段着に着替える。簡素なもので、白のブラウスに青のスカートというものだ。朝食を済まして何気なくファッション誌に目を通していると、いつの間にか昼になっていた。昼食はレウレトと皆で食事をするのが習慣になっている。あの、いつも鉄のような顔をしていた男は、この時間をものすごく楽しみにしているのだ。
昼食は客を招待する食堂ではなく、十五畳ほどの部屋で摂ることになっている。床には赤絨毯が敷かれ、十人ほど座れる円卓に椅子が八脚置かれていて、ここに七人の子供と、上座の中央にレウレトが座って食事をするのである。一番上の子は高校の上級生から一番下の子は小学校低学年で、彼女は上から数えて三番目である。食事をしながら会話をするのがレウレトの至福の時だ。そして子供達には決まって彼から話しかける。
小学校に通ってる子供には、
「友達はできたのか?」
中学校に通ってる子供には、
「部活は楽しいか?」
高校に通ってる子供には、
「いま、どんな本を読んでいるのか?」
という具合である。
そんな昼食会の折、いつも静かにして楽しそうに笑っているシャノワが、この日は本当に静かだった。それでレウレトが気を利かせてみても彼女は上の空、どうしたんだ? と彼が一番上の子に訊くと、おそらく思春期特有のものではないかと答える。それを聞いて、
「うん、君子危うきに近寄らずだな」
そう言ってしばらく彼女の様子を見守ることにした。
長雨のせいで彼女はアルバに会えないことを憂い、鬱々としていた。部屋にずっと閉じこもってはベッドにうつぶせ、顔を枕に埋めている。そうして自分を描くアルバの真剣な眼差しを胸中に映していたのだ。
アルバを想う度に一目見たいという衝動が彼女を襲った。そしてつと仰向けになり、"やっ"と体を起こして、いつも着ている深紅のメイド服に着替え、傘を持って外に出た。もしかしたら、アルバも自分と同じ気持ちになって、外に出て自分を捜しているかも知れない。そんな淡い期待をしながらわんわんお広場へ向かう。だがしかしというかやはりというか、そこに彼女の想い人は居なかった。確かに彼も同じ気持ちであったが、アパートにて恋の炎に身を焦がしていたのである。




