シャノワの憂鬱 3
仕事になかなか慣れずに落ちこんだ時、彼女はいつもアルバからもらった絵を眺めていた。そうして自身の心を癒し、時に励ましていたのだ。その絵をくれた本人が今や目の前にいる。高鳴る鼓動を抑えつつ恐る恐るアルバに近づいていく。はたして彼は自分を覚えているのだろうか、きっと覚えているに違いない。そんな淡い期待を持って歩みを進める。だが彼女は誤算していた。自身が清香馥郁たる花のように色香を漂わせ、五彩煌光と光を放っていることに。しかして最初の挑戦は彼女にとって残念な結果となってしまう。しかしそれはゆえあってのものである。なぜなら母親と死別した為に一切を忘れ、さらに弟を守るべくアルバはその細い体を使って全力で働いていたのだから。
資料を探す目的も忘れ、意気消沈して彼女はとぼとぼと家路に着いた。けれども戦利品はあった。彼の描いた似顔絵だ。部屋に着いた彼女はふと似顔絵を見てみた。
――この色紙に描かれているのは、はたして本当に自分なのだろうか……。
不安な顔をして彼女が鏡を覗いて見比べてみる。なるほど、確かに特徴を捉えている。彼には自分がこのように見えたのだろうか……。そう思いつつ彼女の胸奥から泉の水のごとく、こんこんと興味が湧いてきた。と同時に今日まで自身に対して頓着していなかった彼女に美意識が生まれた。美しくありたいという、女性の本能がふつふつと芽生えてきたのだ。そこで彼女は考えた。彼が自分を忘れていたのは確かに衝撃を受けたが、せめて彼と会う時くらいは美しくありたい。そして綺麗に描いて欲しい。そのためには何をすれば良いのだろう。さっそく彼女はその日の夜から実行していった。
まずは情報収集である。オシャレやメイクの知識がない彼女はメイド仲間の先輩に相談することにした。仕事に関しては厳しいが、成果を見せれば褒めてくれる良き先輩である。そしてその先輩は美しく、彼女の憧れだ。蛇の道は蛇、美の道もまた先輩に聞けば良い助言を得られるに違いない。そう結論付けた彼女は仕事を終えて夕食を摂り、入浴を済ますと先輩の部屋へ赴き、ドアを叩いた。美の道は一日にしてならず、自身を磨くためにはどうすれば良いかと彼女が問う。先輩答えて曰く、結局は自分がどうありたいか、自分を好きになることが肝要であると。
基本的な化粧の仕方とファッション誌をいくつかもらうと、彼女は毎晩鏡を覗いては研究をしていた。そうして研究材料を蒐集すべく、足繁く百科書店に通った。美しくなるための文献を探していたそんな時、彼女はあることに気づいた。アルバの傍らでいつも本を読んでいる子供を見かけるのだ。
――確か……、オメガ君だったかな……。
確認するために尋ねてみて、それがきっかけで彼女は毎日オメガと本の話をしていた。もちろんアルバに関する情報を訊く度にメモを取ることを欠かさない。
休日にはアルバの元に足を運び、絵を描いてもらうことも忘れていなかった。アルバがしっぽをむずむずさせて待っていたように、彼女もまた同じようにしてその日を待ち焦がれていたからだ。そうしてアルバの描く絵が少しずつ変化していくにつれ、彼女自身も少しずつ綺麗になっていくのを実感していった。




