行方不明 3
戦後間もない時期の酒場と言えば、現在に見られるような派手なネオンが光る看板は無く、入口にランタンをぶら下げてあって、その明かりを使って看板を照らしているのがほとんどである。いまとなってはごく少数を除いて、こういったこじんまりとした酒場はあまり見かけない。ちょうどバルバロッサとロンシャンが訪れた酒場も先のようなもので、一見して外観は住居そのものである。雰囲気を演出するために照明を落とした店内に入ると、木目調の古めかしいカウンターにはバーテンがグラスを磨いていて、奥でマスターが切り盛りをしている。そのバーテンにバルバロッサが声を掛けた。
「ドンカスター様と話していたという男はいらっしゃいますかな?」
「ああ、居るよ、カウンターの奥だ」
言って目配せをして顔を傾ける。バルバロッサが礼を言ってチップを渡しつつカウンターの奥を見やった。男は灰色の帽子を被り、黄色くなった白シャツにネズミ色のズボンを履いている。シワだらけのシャツはズボンからはみ出ていて、椅子の背もたれには着古したフロックコートが掛けてある。
「ロンシャン様、ここはおまかせ下さい」
バルバロッサが耳に手を当てて小声で伝え、ロンシャンが小さくうなずく。そうしてバルバロッサが男に近づいて、こう尋ねた。
「よろしいかな?」
「フンッ、好きにしろ」
男の了解を得ると、バルバロッサが男の左隣の席に座り、ロンシャンはバルバロッサの左隣に座った。そうしてしばらくしていると、グラスを持ちながら男がマスターに向かって怒鳴りだした。
「酒持ってこい!」
「ツケを払えば出してやるよ」
「あんだと? いいから持ってこいよ!」
そう叫びながら男が乱暴に持っていたグラスを下ろそうとした時、バルバロッサが諭すようにゆっくりと口を開いた。
「もし」
「あん?」
「良ければ一杯おごりましょう、どうです?」
突然にバルバロッサの提案を聞いて、男が顔をきょとんとさせている。しかしすぐにブルドックのような顔に野暮ったい笑みが浮かんだ。
「ヘヘッ、そいつはありがてえ。最近のおれはツイてやがる」
「マスター、彼に好きなものを」
言ってバルバロッサが一枚の金貨を渡すと、男のグラスに酒が注がれた。
「タダで飲む酒は格別だぜ……」
言って男が小指だけ立てて続けた。
「後ろにいる女はあんたのコレか?」
「ええ、まあ……」
「いい趣味してるじゃねえか、でもなあ……」
「でも?」
「犬じゃなけりゃあもっといいんだがなあ」
そう言った途端、ロンシャンの表情が一変した。それを察したバルバロッサがロンシャンの手を取り顔を横に振る、それで彼女は怒りを呑み込んで、気を紛らわすためにバルバロッサの手を見つめた。
「一つ尋ねたいのですが」
「いいぜ、あんたにはおごってもらってるからな」
「この方を見ませんでしたか?」
とバルバロッサが胸ポケットから一枚の写真を取り出して男に見せる。
「さあなあ……、もう一杯飲めば思い出すかもしれねえ」
わざとらしく言う男の意を汲んで、バルバロッサが金貨を一枚テーブルに置いた。