ル・プティ・カポラール 3
「なんで話せるんだお?」
「んー、気づいたら話せていたお」
「そっかあ」
そうオメガが納得すると、どこからともなくグルルルという音が聞こえてきた。見るとわんわんおがへなへなと体を地図の上に乗せてしまっている。
「どうしたんだお?」
「おなか空いたお」
「わ、わかったお! なにか探してくるお!」
そう言ってオメガが慌てた様子で冷蔵庫の中からあんパンを取り出して、地図の上にへばり付いたわんわんおの傍に置く。するとわんわんおがむくと起きあがり、自分の体より大きなあんパンを注意深く嗅いで、それからもきゅもきゅと食べ始め、あっという間にペろりと平らげてしまった。
「ふいー、食ったお」
そう言って大きく腹を膨らませたわんわんおが地図の上に転がって、"けふ"と、げっぷをしている。微笑みながらオメガが声をかけた。
「おなか空いてたんだね」
「うん、おなかと背中がくっつきそうだったお。きみは命の恩人だお」
「エヘヘ」
「そういやあ、まだきみの名前を訊いてなかったお」
「ぼくの名前はオメガだお」
「ありがとう、オメガ」
地図の上で寝転がったわんわんおがそう言った。ころころと丸く太ったわんわんおにオメガが尋ねた。
「ねえ、きみの名前はなんて言うんだお?」
「名前は……、なんだっけ? 思い出せないお」
「思い出せないのかお? じゃあ……」
とオメガが壁に掛けてあった色紙を取って、わんわんおに見せながら続ける。
「この魔法使いのおじいさんも忘れたのかお?」
寝転がったままの姿勢で色紙をしげしげと見つめて、わんわんおが答えた。
「思い出せないお」
「そうかあ」
そう言った後、オメガがにっこりと微笑んでまた言った。
「じゃあぼくが名前を考えるお」
「いいのかお?」
「もちろんだお」
「やったお!」
そう言って地図の上で仰向けになったわんわんおが短いしっぽと四脚をピコピコと動かしている。
「どんな名前がいいんだお?」
「かっこいいのがいいお」
「かっこいいのか、うーん……、アレキサンダーなんてどうだお?」
「長すぎるお」
「じゃあシーザーは?」
「ドレッシングみたいでいやだお」
「フフッ、確かにそうだお」
「他はあるかお?」
「うん、そうだなあ……、フレデリックは?」
「なんかいかついお」
「それならナポレオンは?」
「悪くないお、でも有名すぎるお」
「そっかあ、そうだなあ、うーんと……、じゃあル・プティ・カポラールはどうだお?」
「なんかかっこいいお、どんな意味だお?」
「小さな曹長って意味だお」
「曹長って微妙だお」
「そんなことないお。これはナポレオンのあだ名なんだお。イタリア討伐軍司令官になって、初のイタリア遠征に行ったときに兵士達が親しくそう呼んだんだお」
「イタリアえんせい?」
「わかったお、どんなものか話すお」
そう言うとオメガは本棚から愛読書であるナポレオンを取り出して、それをわんわんおに読み聞かせた。
アルプス越え、ロディの大勝、マンツァの凱歌、イタリア共和国の建設……。浪漫劇のような英雄譚をオメガが地図に指し示しながらわんわんおに語りかけていく。わんわんおは興奮したのか、いつの間にかオメガの小さな肩に乗っていて、体を小刻みに震わしつつ聞いていた。




