ル・プティ・カポラール 2
さらにオメガの興味は広がっていく。少年はナポレオンの虹を追う記録を辿るべく、よくリビングに欧州地図を広げていた。そうして心眼には雄大にして壮麗な歴史背景と、赫々(かくかく)と昇る日のような英雄と、流星群のように目の前を通り過ぎ往く人傑達の複雑な人間模様を浮かべ、幼いなりに感じ取っていた。
そんな風にして日々を過ごしていたある日。学校から帰ってきたオメガはいつものように買い物を済ますと、暇を持て余していた。今日は何して遊ぼうか。いつもなら地図を広げて空想の世界に身を置くが、今日はそんな気分じゃない。本を読もうかとも思ったが、これもいまいちしっくりとこない。マンネリ化してきた日頃のルーチンワークに飽きて、時には違うことをして気分転換を図るのが人というものである。外気に触れ、新鮮な空気を体の中に入れることで物事を違った視点で観察し、新しい発見に出会えるのだ。
そのことを知ってか知らずか、オメガがソファの上にあぐらをかき、腕を組んではうーんと唸っている。ふと、あるものがオメガの目に留まった。その色紙には顔半分が真っ白な髭で覆われた、魔法使いが描かれている。魔法使いの語った英雄伝は実にわかりやすく臨場感に溢れていて、オメガの好奇心を駆り立てるものだった。そして英雄伝を話し終えると、自分に古ぼけた木彫りのわんわんおをくれた。そうして目の前をひゅうっ、と飛んでいってしまった。
――魔法使いの見たナポレオンは本物だったんだ!
真実はわからないが、オメガがそのことを思い返していると、ふと頭の中で電球がパッと瞬いた。
「そうだお!」
言ってひょいとソファから飛び降りると本棚に飾ってある木彫りのわんわんおを取り出した。そして地図とコンパスを持ち、寝室の畳の上に広げてわんわんおをその上に置くと、期待を胸に膨らませたオメガが魔術師の呪文を唱えるようにしてこう尋ねた。
「ニーニはどこにいるお?」
その言葉に反応したのか、わんわんおがふわと宙に浮いた。そして時計回りに回転するわんわんおがピタリと止まって方角を指し示す。ずばり、兄の働いている店の方角だ。
「うんうん、次はユウちゃんだお」
ユウちゃんとはオメガの好きな女の子で、百科書店の店主の孫娘である。
「ユウちゃんはどこだお?」
同様にわんわんおが一回転だけすると、先ほど示した方角より少し右にずれて、ピタリと止まった。
「うんうん、わかったお。じゃあ次は……」
そう言ってオメガが少し思案すると、自身の憧憬する、革命児の名を口にした。
「ナポレオンはどこにいるお?」
わんわんおはゆっくりと回転して、徐々にそのスピードを増してゆく。そして凄まじい勢いで回転するわんわんおはビタっと体を上に向けて止まった。
「天国! そっかあ、ナポレオンはマーマと同じとこにいるんだ……」
オメガが懐かしむ目つきで独り言を洩らすと、わんわんおはオメガの顔へと体の向きを変え、うん、と言わんばかりにうなずいた。目の錯覚だろうか。そう思い、無意識にまぶたを擦ってみる。そうしてまた開くと、わんわんおが体を左右に揺すらして踊っていた。
「おまえ……、返事ができるの?」
わんわんおがひょいと宙に浮いてうなずく。
「こ、言葉を話せるの?」
「話せるお」
「すごいお!」
とオメガが両手を上げ下げして感激している。それに応えるかのようにわんわんおがくるくると旋回した。ふとオメガの脳中に疑問符が浮かんできた。なのでわんわんおに向かってこう質問をした。




