散雨月下 8
雨の降りしきる中、少年と少女が歩みを揃え、黙々と傘を並べて凱旋通りを行く。街灯の他に道標無く、辺りは散として水の撥ねる音しかない。ちらと彼女を見やれば、愁眉麗しくもの憂げに水たまりを見つめて歩いている。その表情が妙に愛おしくたまらない。どうにかして彼女を近くで見れないものか。傘と傘が触れるかという距離がもどかしい。
ふと前を見ると、歩道いっぱいに広がった、大きな水たまりがある。その大きさは人一人がやっと飛び越えられるものだ。車道は水浸しで、避けていくことは出来ない。この水たまりを彼女も見たのか、立ち往生しては困惑している。自分はともかく、彼女が足を滑らせ、怪我をしてはいけない。そう思い、傘を閉じて、つと彼が素破! と水たまりをひとっ飛びにする。そうして振り向いた彼が彼女に手を差し出す。閉じた傘を左手に持ち、右手を差し出す彼の碧青の瞳を彼女は真っ直ぐに見つめていた。その表情はまるで酷く怯えた猫のよう。
その不安を吹き飛ばそうと彼が破顔一笑、
「掴まって」
と言うではないか。
あまり待たせると風邪をひかせてしまう。でも、その時彼を介抱できたらどんなに嬉しいか。そう思いながらも彼女がうやうやしく彼の手を握る。手から伝わる、互いの温もり。淫雨に濡れたそのせいで、彼の手は冷たくて彼女の手は懐炉のように暖かい。
「さあ」
それを合図にさっと彼女が水たまりを飛び越える。勢い余り、バランスを崩した刹那、彼が持っていた傘を放り投げ、はしと彼女を抱き止める。
嗚呼、なんと華奢な体つきか。
乙女とはかくも柔らかいものか……、
まるで天女ではないか!
出来るなら未来永劫、こうしていたい。
しかし、いつまでも甘夢に浸ってはいられない。乙女の感触、名残惜しくも自ら体を離して彼が言う。
「大丈夫?」
故意か偶然か。彼の胸に飛び込んでしまったために、早鐘を打つようにして高鳴る鼓動が、彼女の声を出すのを忘れさせてしまう。もがくようにちらと彼の顔を一瞥すると、双頬に紅みが差しているのが薄闇にも見える。きっと自分も同じよう顔を赤くしているのだろう、そう思うと、じんわりと耳の裏が熱くなっていく。彼女がただうなずくのを見ると、彼は傘を拾い、二人は並んで歩いた。やがて広場に差し掛かると、ぽつねんと一台の車があるのが見える。それを見て彼女が名残惜しげに言った。
「また、遊びに来てもいい?」
「もちろんさ」
「またね」
「じゃあ」
シャノワを載せた車が滑るように去っていく。
「やんだかな……」
玉兎にかざしたその手に彼女の温もりと、腕に残る乙女の柔らかさを噛み締めつつアルバは家路に着いた。




