散雨月下 7
「そうだったんだね……、お葬式に出れなくてごめんなさい」
「ううん、いいんだ。君がこうして話を聞いてくれたことがなによりも嬉しいよ」
「うん、もし良かったらお母様のお墓参りに一緒に行ってもいい?」
「もちろんさ、オメガも喜ぶし、きっと母さんも喜ぶよ」
「ありがとう」
返事をして微笑むシャノワにアルバがこう提案した。
「そうだ、よかったら家で晩ご飯食べていかない?」
「ちょっと待ってね、お屋敷に連絡してみる」
彼女がしばらく電話のやり取りをして、携帯電話をしまうと、
「晩ご飯、ご馳走になります」
と言い、アルバが、
「やった!」
と小さく拳を握りしめた。
「そういえばオメガ君は?」
「オメガなら本屋に行くって言ってたよ」
「それにしては遅くないかしら?」
「本だけが目当てじゃないからね」
* * *
シャノワが小首を傾げている頃、オメガは本屋の二階にある部屋で時間をつぶしていた。兄を気遣ったのもあったが、それ以外にも目的があるようで、むしろその方が本命らしい。
兄弟の住む家からルクレール駅のあるわんわんお広場まで、子供の足で二十分かかる。その行き道には野菜や果物、魚、肉や花などを扱う市場や雑貨、衣類、多種多様の食堂が並び、さらに駅側には各国企業の事務所、ブランドなどの輸入品を扱う店などが集まるオフィス街になっている。住宅街からわんわんお広場までの道は凱旋通りと呼ばれ、市場、オフィス街、わんわんお広場、ルクレール駅の順になっている。この凱旋通りに面したちょうど真ん中に、オメガが学校帰りによく通う百科書店と呼ばれる本屋があった。オメガは足しげくこの本屋に通っているので、店主は自然と覚えてしまった。そんなある日、店主がお茶菓子を出してオメガをもてなすと、孫のユウを紹介した。ユウを一目見た瞬間、オメガはすっかり逆上せあがってしまった。
時間というのは不思議なもので、烙印を押される数秒は永遠に感じ、恋人と語らう一日はあっという間に過ぎてしまう。気づけば時計は五時の鐘が鳴る二十分前になっていて、なので仕方なくオメガはユウに別れを告げ、兄の言い付けを呪いつつ家路に着いた。アパートの玄関前に着くと、オメガはわざとインターホンを押した。少し間を置いて、アルバが出てきた。
「はーい……、なんだ、オメガか」
「ただいまだお」
「おかえり、鍵持ってなかったっけ?」
「持ってるお」
「じゃあなんで……」
「もしかしたらがあると思ったお」
「もしかしたらって?」
「キスだお」
「バ、バカ! いいから早く入れ!」
「わかったおっお」
「夕飯の支度するぞ」
「はいだお」
夕飯はとても楽しいものだった。兄弟は久しく二人だけで食事をしていたのだが、シャノワとの食事は常に笑顔が絶えなかった。三人で食事をしたのはいつ以来だろうか。母親と死別してからというもの、兄弟の暮らすアパートは悲哀の底に沈んでいたものだったのだ。そこにシャノワと共に食事をすることで、百年使ってなかった暖炉に火が入るように食卓は明るくなり、二人の心に温もりと、夕日にも似た光が沁みいったのだ。だからこそ或りし日が偲ばれ、切なくもあった。一見、矛盾した二つの感情が兄弟のなかで混ざりあっていた。この説明しがたい感情を抑えきれなかったのか、オメガがスプーンを止めては時折目から滲み零れるものを手で拭っている。アルバにはそれがどんなものか、すぐにわかった。
食事を終え、お茶を飲みながらしばらく歓談に耽っていると、ふいにシャノワが左手にしてある腕時計を見た。
「そろそろ帰らないと」
「もう帰るのかお?」
「また来るわ、オメガ君」
「わかったお、楽しみにしてるお」
「家まで送るよ」
言いながらアルバは上着を羽織り、オメガに留守番を頼んで、それから二人は玄関を出ていった。




