散雨月下 6
トイレから出たシャノワをソファに座らせて、それからもてなすために戸棚から煎餅を取り出して、アルバがそっと卓袱台に置いて彼女に勧めた。そうして彼は、本当はシャノワの真横に座りたかったのだが、卓袱台を挟んで真向かいに座った。なぜなら彼の内気な性格が働きかけ、彼女に嫌われまいとそうさせたのだ。二人の間に卓袱台があるのと、自身の内気なるをアルバは呪詛した。気まずい空気を変えようとアルバが軽く咳払いして、それから窓の外を見ながらシャノワに話しかけた。
「雨、すごいね」
「うん」
「寒くない?」
「ううん、大丈夫」
「そっか、なら良かった。まさか起きたら……、その、シャノワが来ていると思わなかったから、驚いたよ」
「あ、お邪魔してごめんなさい」
「う、ううん、違うんだ! 雨の中わざわざ来てくれたのが嬉しかったんだ。それで……」
「フフッ」
「そうだ、ちょっと待ってて」
言ってアルバは立ち上がって寝室に行き、色紙を手に持って戻ると、それをシャノワに手渡した。
「これって……」
「うん、先週きみが頼んでくれた自画像なんたんだけど……、どうかな?」
シャノワの持つ色紙には鉛筆を持ち、真剣な眼差しで鏡に映る自身を見つめているアルバが描かれていた。双眸は爛と煌めいて、眉は秀美に口元は引き締まり、その表情は溌剌としている。
「うん、すごくいいよ」
「ほんと?」
「本当よ」
「良かった、初めて自分を描いたから自信が無くて……」
「ううん、とても素敵な絵よ。わたしの宝物にするわ。ありがとう」
その彼女の言葉を聞いて、アルバの胸に不思議な既視感が到来していた。昔、母親が生きていた頃にこんな光景があったような気がした。そうして神妙な面もちをした彼が懸命に思案していると、ふとシャノワが口を開いた。
「ねえ、アルバ」
「な、なに?」
「わたしね、だいぶ前に絵をプレゼントして貰ったことがあるの」
「へえ、そうなんだ」
「いつだったかな……、確か小学校の卒業式だと思う。帰りに校門で絵を渡されたの」
「うん」
「とても嬉しかったわ」
誰がシャノワにプレゼントをしたのだろう。そう思いつつジリジリとハートを焦がしながらアルバが聞いている。
「その絵にはわたしが真ん中に立っていて、桜の花がいっぱい咲いてて……」
「ふうん……、どんな人にもらったの?」
「銀色の髪の毛をした子かな」
「そうなんだ……」
「それでね、その絵の右隅には"A.A"って、サインしてあったの」
「うん……、えっ?」
「いまでも大事にして部屋に飾ってあるわ」
「その絵って、もしかして……」
「そうよ、あなたに貰った絵よ。アルバ君、思い出した?」
つぶらな瞳を細め、微笑しながらシャノワが言うと、アルバはあぐらをかいたままの姿勢で後ろに転がり、大の字になってしまった。
――そうだ、思い出した。自分が初めて好きになった女の子はシャノワだったんだ。彼女はぼくのことを覚えていて、毎週かかさず会いに来てくれていたんだ。
嬉しい!
アルバの魂がそう叫ぶと、むくと彼が起き上がった。そして寝室にある本棚から一冊のアルバムを取り出し、シャノワの横に座って一緒に見始めた。
「これがぼくだね、君は……」
「これがわたしよ」
「そうか……、やっと思い出したよ」
「良かった。覚えてなかったらどうしようかと思ったわ」
「すぐに思い出せなくてごめん。あれからいろいろあって……」
そう語を接いで、母親が倒れたことを語り始めた。その音声は切々としてシャノワの涙を誘い、語る本人も自然と涙を零していた。




