散雨月下 5
「粗茶だお」
「あ、ありがとう」
オメガからお茶を受け取る時も彼女は目が離せないままでいた。そうしてそのままお茶を口に含むと、
「シャノワ……」
とアルバが寝言を言ったので思わず咽せてしまった。
「はいだお」
「あ、ありがとう」
オメガからティッシュを受け取るちょうどその時、ふいにアルバが寝返りをうって顔をシャノワの方に向けた。なので着ていたティーシャツが余計にはだけてしまった。さらに腰の後ろからしっぽをひょこひょことさせていて、それが彼女の鼓動をより早くさせてしまう。
「ニーニだらしがないお。ねえ、シャノワお姉さん」
「う、うん」
そう空返事をしたが、シャノワの心はここにあらず。甘夢に浸っているアルバが艶っぽくて仕方がない。そうして彼女が魅入っていると、ふとアルバが両腕を前に投げ出し、
「うー……、ん!」
と背伸びをする。そうして寝ぼけ眼を手で擦ってぼんやりとしていたが、しばらくしてやっと意識がはっきりしてきた。そこには恥ずかしそうに顔を伏せたシャノワと、したり顔して勝ち誇ったオメガが並んで座っていた。
これは現実なのだろうか。もし夢であったとしても、醒めないで欲しい。そう思いつつアルバが寝転がったままの姿勢でシャノワを見つめている。その視線を感じたシャノワが顔をうつむかせながら挨拶した。
「お、おはよう」
「うん……、おはよう」
つられてアルバが返事をするのを見て、オメガが忠告した。
「ニーニ、おなかでてるお」
「えっ? うわっ!」
慌ててアルバが飛び起きて、シャツを直しながらシャノワにかける言葉を探す。彼は無意識に自身の耳をつねっていた。
「えっと……、い、いらっしゃい」
「お、おじゃましてます」
なぜにシャノワが来ているのか。そうアルバが懸命に考えていると、視界の端に厳めしい顔をしたオメガが力強くうなずいていた。ふとシャノワが言った。
「あの」
「な、なに?」
「お手洗い、借りていいかな?」
「え、ああ! そこのドアがトイレだから……」
「ありがとう」
と、シャノワが微笑みながら立ち上がる。ドアが閉まるのを確認すると、アルバがオメガを手招きして呼び寄せた。
「よくやった!」
「エッヘン! ねえニーニ?」
「うん?」
「むかしの王様は働いた家来をねぎらって、褒美を与えたんだお」
「わかった。オメガ君の武勲を讃え、褒美を与えたい。欲しいものはあるか?」
「レ・ミゼラブルが欲しいお」
「いくら必要なんだ?」
「全部で八十アールだお」
「高いな!」
「そのかわりに今月と来月は本買うのを我慢するお」
「よし」
言ってアルバは戸棚にある財布を取り出し、オメガに十アール銀貨を八枚渡した。
「やったお! これでコゼットの続きが読めるお! いますぐ買ってくるお!」
「気をつけて行けよ、五時の鐘までに帰るんだぞ」
「わかったお、ニーニもがんがれお」
「なにが?」
「シャノワお姉さんとキスだお」
「キ……、こ、こら!」
「いってくるおっおー」
鼻歌まじりに長靴を履き、傘を持ってオメガが嬉々として玄関を出ていく。いまここにアルバにして千番に一番の機会が訪れたのだ。




