行方不明 1
集落が炎に包まれた事件以降、失意の底にいたドンカスターと、彼を支えていたロンシャンとアプリコット達はいったいどうしていたのだろう。
ドンカスターの教え子であり、米英帝国の第一統領となったジュスト=ドルオールは帝国議会に働きかけ、米帝国土にあった集落をジパング皇国に移し、暫定自治領区とする法案を提案した。そして先の法案が三日という異例の速さで可決されると欧州、東アジア、露国との国家間協議を行い、戦争終結と同時に永世中立国となった皇国が受け入れることを了承した。その管理、運営は米帝主導で進められ、第三統領となったレウレトが施政を執り行っていた。
ドンカスター、アプリコット、ロンシャンを含むシェイン族は長く慣れ親しんだ故郷を離れ、皇国へと旅立った。そうして暫定自治領区に着くと、さっそくドンカスター達はシェイン族の生活を確保するために懸命に働いていた。それからしばらくしてようやく一段落ついたと思われた頃、ドンカスター達は自治領区の中央に位置するレウレトの用意した家を拠点として、ドルオール家の執事バルバロッサが世話をしていた。
バルバロッサの朝は早い。五時にセットした目覚まし時計よりも早く起き、カールがかかった黒髪を調え、自慢のカイゼル髭の手入れをして、それから入念に身だしなみを姿見で確認する。年の頃は四十代前半だろうか。長身で、黒のジャケットに黒のスラックス。白のワイシャツに黒の細いタイを蝶結びに締め、胸元には常に白のハンカチを入れ、内ポケットには外出する際に必ず身に着ける白の手袋をしまっている。
身仕度を済ませるとダイニングの掃除をして、朝食の下ごしらえに取り掛かる。そうして支度を終えると各部屋に行って皆を起こしにいく。まず彼はアプリコットの部屋へと向かい、いつものように朝のお祈りを共にして、次にロンシャンの部屋へ行く。ドアの前に立って、ノックをするが返事がない。これはいつものことである。もう一度ドアをノックしたが、それでも返事がない。なので彼は深呼吸を一つして、それからドアを開けた。なぜなら以前に気構えせずにドアを開けたことがあって、一糸纏わぬ姿でロンシャンが寝ていたのを覚えていたからだ。部屋に入って、さっとカーテンを開けて太陽の光を部屋に入れる。振り向くとベッドではロンシャンがあられもない格好で寝ている。しかし服は着ているらしいので彼はほっとして胸を撫で下ろした。
いつものように机にあったメガネを持ち、彼女の耳元で優しく声をかける。
「ロンシャン様、起きてください」
「ん……」
「おはようございます」
「うん、おはよう……。あれ、メガネ……」
「こちらに」
「ありがと」
そう言って彼女は寝ぼけ眼で上体を起こし、大きく両手を上げて、背伸びをしたあとにあくびをする。それを見てバルバロッサが注意した。
「ロンシャン様、せめて手で口を隠されてはいかがかと。淑女たるもの、上品な振る舞いが身を助けるものです」
「いいじゃない、家にいる時くらい」
「そのようなことをおっしゃっられては……、良き奥方様としてもらわれませぬ」
「じゃあ……、バルバロッサがもらってくれる?」
「お戯れを、食事の支度が出来ましたのでリビングへ」
と彼が会釈して部屋を出ていく。ドアが閉まる音のあと、彼女がこう呟いた。
「またかわされちゃった……、か」