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喋る犬と女の子

ある所に女の子と子犬がいました

女の子は犬が大好きでした





蝉の声が合唱を奏でる夏休み。

部屋のドアを勢いよく開け、中から女の子が出てきた。

年齢は小学校低学年ぐらいで髪はツインテール、真夏のため半袖の可愛らしいワンピースを着ていた。


どこかイソイソとしている雰囲気だが軽く、笑顔がもれている。

手には犬の首輪につけるリードが握り締められていた。

二階の廊下を小走りで走りぬけ、そのまま階段も小走りに下りていく。


ドタドタとした足取りに反応した母親が、一階のリビングから掃除機のスイッチを切り女の子に話しかけた。

「理沙ぁどうしたのぉ?そんなに慌てて」


理沙と呼ばれた女の子は母親のいるリビングをお構いなしに小走りで走り抜ける。

顔は母親には向けていない玄関のドアの一点を見つめている。


「散歩っ!!」


母親はあぁなるほどねと言う顔をして

「近所の人にはちゃんと挨拶するのよ」

と言いながら、手にしていた掃除機にスイッチを入れる。


玄関まで走り抜けると一旦座りこみ靴を急いで履きながら母親に女の子は言った。

「わかってるよ!」


靴を履き終えると玄関のドアまでまた小走りをする。

距離は短い。


玄関のドアを勢いよく開けるとその音に反応したのか、犬小屋から上半身だけを出して寝ていた子犬が顔だけを上げた。


「コテツぅ!散歩に行くよぉ!」

女の子は今までこらえていたのか、満面の笑顔で元気よく大きめな声で言った。






女の子の日課は散歩をすることです

今日も大好きな子犬と散歩に出かけます






コテツは犬小屋から勢いよく飛び出した為、リードがピンと張り首が締まる感じになる。


「あははっ。ダメだよ。そんなに慌てたら」

理沙はコテツの頭を撫でながら言った。


コテツは散歩のうれしさのあまり首が絞まるのも構わずグルグルと回っていた。


「ちょっとぉ、リードつけられないでしょ?」

理沙の言葉に反応したのかコテツは急に動きを止めて理沙を見上げる。


「よし、いい子だねぇ」

理沙はコテツの頭を撫でながらリードを首輪につけるのだった。


リードをつけると理沙はコテツに向かって元気よく言った。

「コテツぅ、行くよ!」


大人しくしていたコテツだったが理沙が駆け出したのと、その言葉に反応し一緒に駆け出した。

二人は家の門を潜り抜けいつもの散歩コースを駆け抜けていった。





女の子と子犬はいつもと同じように散歩をしていると

見たこともないお店がありました






「コテツぅ こんな家あったっけ?」

理沙はコテツに聞くが、コテツは何のことだか解らず首を捻っている。


舗装された石畳の遊歩道に規則正しく並べられた針葉樹、その一角にポツリと一軒だけ古びた二階建ての木造建築の建物があった。


「え~と・・・え~と・・・ぐ・・りむ・・・」

理沙は木製の看板を読み上げようとするが最後の漢字が解らず困惑していた。


「コテツぅ・・・この漢字読める?」

コテツは何を投げかけられているのか解らず首を捻っている。


看板にはぐりむ堂と書かれていた。


「何のお店だろう・・・」

理沙もコテツを同じように店を見ながら首をかしげている。


建物は二階建てで一階がお店になっているらしい。

一階の中央に小さいドア、ドアを中心としてシンメトリー的な感じで大きな出窓が二つある。

窓のガラスは年期が入っているため曇っていて中に何があるのかわからない。

一人と一匹が謎の店の前で同じように首をかしげていた。


「・・・ちょっと覗いてみようか・・・」

理沙が恐る恐る入り口向かう。





女の子と子犬はそのお店に入ってみる事にしました





理沙は恐る恐る店のドアを開けた。

するとドアに取り付けてあった来客を告げる鐘がカランカランと音を立てる。

こちらも年期が入った音だ。


理沙はドアを半分だけ開けて中を覗き込む。

「こんにちはぁ・・・」

理沙が恐る恐る言う。


すると店の中で書棚を整理していた女性が理沙のほうを向いた。

「あら、いらっしゃい」





建物の中に女の子と子犬が中に入ると、そこには綺麗な女の人がいました





細身で長身、色白で綺麗な長い黒髪をしている。

モスグリーンを基調とした重厚なワンピースに、白色のハーフのエプロンをしている。

女性は手にしていた数冊の古びた本を書棚の開いているスペースに入れている。


「ちょっとお伺いしたいのですが・・・何のお店ですか・・・?」

理沙はまだ警戒心が残っているらしくドアから顔だけを覗かせて聞いた。


「見ての通り本屋よ」

女性は本を整理しながら笑顔で言った。


理沙は店の中を見渡し「なるほど・・・」と声を上げる


「そんなに警戒しないでよかったら中に入ってみたら?」

女性は理沙に先ほどと同じような笑顔で言ったのだった。


「・・・コテツがいるの・・・」

理沙は寂しそうに言う。


「コテツ?あぁ、そこのワンちゃんの事ね?」

女性がコテツを見ながら言うと、理沙がウンと頷いた。


「そのワンちゃんもお客さんなら、勿論入ってもいいわよ」

女性の笑顔はどこか機械的で不安を感じるものだったが、理沙はそんなことは気にしていないといった感じだった。


「ありがとう!」

理沙はお礼を言うとコテツと一緒に店の中に入る。


店の中は外見と同じように古びた感じがする。

年期の入った木製の書棚が多数並べられており、どの書棚も上質の木から作られた物らしく、見ただけでもずっしり重さを感じる。 

壁にはいくつかのポスターと、木製の柱時計がかかっていた。


左右の出窓のスペースには古びた小人のような木製の置物がバランスよくおかれている。

店の一番奥にはこれも木製の大きなカウンターがあり、そのカウンターの上にはかなりの年代もののレジスターが置かれていた。


理沙は店の中を見渡しながら奥の方に入っていく。

理沙が歩くたびに木で出来た床からギシッギシッと音がする。


「この本・・・どこの国の言葉なんですか?」

理沙がキョロキョロと回りを見渡しながら言う。


「見たこともない字がいっぱいでしょ?」

女性は悪戯な微笑みをしながら言う。


「はい」

理沙は困惑の表情で言う。


見たこともないお店。

見たこともない国の言葉。

理沙を不安にさせるには十分な空間だった。


女性は本の整理が終わったのか、カウンターの中に入っていく。

そして理沙達の目線の高さに合わせるようにカウンターで頬杖をついた。


「ここには世界中の本があるのよ」


「せかいじゅう??」

理沙が尋ねる。


「そう、世界中の童話の本があるのよ」


「童話??」


「そうねぇ・・・絵本って言ったほうが解りやすいかしら?」

女性は少し考えながら首をひねった。


「へぇ・・・」

理沙はまた回りを見渡しながら言う。


「そう言えば自己紹介がまだね。私はミヅキよ。このぐりむ堂の店長よ」

ミヅキはニコニコと自己紹介をする。


「どう・・・ぐりむ・・どう」

理沙はミヅキの自己紹介より「ぐりむどう」に興味がいったようだ。

しばらく口の中でぐりむどうと繰り返して何やら考えていたが急に手をポンと叩いてこういった。


「あぁ!ぐりむどう! あの字はどうと読むのですかぁ」

一人で納得し考え込む理沙。


二人と一匹の間にしばらくの沈黙が流れる。

自己紹介をしたのに流され軽く引き笑いのミヅキ。

一人で考え込む理沙。

舌を出して短く呼吸するコテツ。


しかしその空気を打破したのはしびれを切らしたミヅキだった。

「・・・所で・・・お嬢ちゃん達のお名前は?」


「・・・あぁ!すみません!自己紹介されたのに・・・」

理沙は顔を赤らめ下を向く。

最後の方は殆ど聞き取れないぐらいにもごもごっとなってしまう。


「いいのよ 気にしないで」


理沙はまだ恥ずかしいのか顔を赤らめ視線を反らしながら自己紹介をしだした。

「立花 理沙。小学1年生です。それと弟のコテツです。一応男の子です」


「そう。理沙ちゃんにコテツ君ね」

ミヅキは嬉しそうにうんうんと頷く。


「どうかしたんですか?」

視線を反らしていた理沙だが、ミヅキが嬉しそうに頷いているので思わず聞いてしまった。


「実はね 理沙ちゃんとコテツ君はこのお店の始めてのお客さんなのよ」


「えぇ!」


「よかったわ。初めてのお客さんがこんな可愛い二人組みで」

ミヅキはニコニコしながら言った。


そのミヅキとは裏腹に理沙は周りを見ながらバタバタと慌てている。


「どうしたの?理沙ちゃん」

その様子を見たミヅキが「?」の顔で理沙に言う。


「すみません!すみません!最初のお客さんが理沙とコテツで」

理沙は慌てている。


その言葉を聞いてミヅキは優しい笑顔で言った。

「深く考えすぎよ。最初のお客さんが理沙ちゃん達でよかったと私は言ったでしょ?」


「理沙とコテツは最初のお客さんになれて幸せです!」


「ありがとう。小さなお客さん」

ミヅキは満面の笑顔で言った。


「その小さなお客さんに一つ提案があるの」

ミヅキが急に言った。


「何ですか?」

理沙が不思議そうに聞く。


「一番最初のお客さんだし大切にしないといけないわ・・・だから今回は特別に・・・」





綺麗な女の人がゆっくりと言いました

「何か願い事を一つだけ叶えてあげるわ」





「願い事?・・・何でも?」

理沙が不思議そうに言う。


「そうよ」

ミヅキが嬉しそうに言った。


「うーん・・・願い事ですか・・・願い事・・・」

理沙が腕組みをして悩む。


「コテツぅ・・・どんなのにしようかぁ・・・」

コテツに問いかける理沙だが当のコテツは首をかしげている。

そんなコテツを見て理沙が困った顔で言う。


「こういう時にコテツと話が出来たらなぁ・・・あっ!」

言い終えると同時に理沙は何かを思いついたのかポンと手を叩く。





女の子は言いました

「子犬と話が出来るようにして下さい」





理沙はスイッチが入ったかのように喋りだした。

「理沙とコテツだけが喋れるようにしてください。それで他の人には分からないようにして下さい。理沙とコテツだけの秘密みたいな感じにしたんです・・・勿論お母さんとかお父さんとかはコテツとは喋れないんです。二人だけの秘密です」

理沙は満足気な表情で言った。


ミヅキは理沙が喋っているのを、笑顔でうんうんと頷いていた。

そして理沙が喋り終わるとこう言った。


「それでいいのね?」


「はい!」

理沙は大きく頷きながら言った。


「解ったわ」

ミヅキは笑顔で言うのであった。





綺麗な女の人は言いました

「明日の朝から子犬はあなたと喋れるようになるわ」






「今からじゃなくて明日からなんですか?」

理沙は多少不服そうに言う。


「そうよ。お楽しみはとっておいたほうがいいし・・・それに」

ミヅキは何かを考えるように顎の先に指を置き考える仕草をする。


「それに・・・?」

理沙がたまらずミヅキの顔を覗きこむように聞く。


「色々と準備があるのよ」

ミヅキは笑顔で言った。


「・・・準備があるのなら仕方ないですね・・・」

理沙が寂しそうに言う。


「分かりました!じゃ今日は早く寝ます!」

「だから帰ります! ありがとう!お姉さん!」


理沙はそう言うと、踵を返し出口へと向かいそのまま出て行ってしまった。


「ちょ・・・ちょっと・・・」

「しょうがないわね・・・まぁいいか」

そう言ってカウンターに置いてあったいくつかの本を手に取り本棚に並べていった。


理沙とコテツが家に帰った時、辺りはすでに暗くなっていた。

理沙はコテツの首輪に鎖をつけ玄関を開ける。


「ただいまぁ」


「あら 随分遅かったのね」

リビングから母親が顔だけを出し言う。


「そろそろご飯よ。手を洗ってお父さん呼んできて」

「はーい」


理沙はそう答え洗面所に向かっていた。


(明日・・・早く明日にならないかな)





女の子は早く明日が待ち遠しく仕方ありませんでした





その日もいつもと同じように食卓を囲んで3人が夕飯を食べていた。

ただ、いつもと違う点が一つ、理沙の態度だ。

母は、いつもよりイソイソとご飯を食べる理沙を見て不思議そうに尋ねるのだった。

「どうしたの?そんなに急いで食べて?」


「早く明日になって欲しいから!」

理沙は母親の顔を見ないで、ガツガツとご飯を食べながら言う。

 

「どうしてそんなに明日になって欲しいんだい?」

父親が箸を止め理沙に聞いた。


「うんとね 明日になるとコテツが・・・」

嬉しそうに言う理沙だったが急に「はっ!」とその言葉を止める。

理沙はそのまま含み笑いを「しっしっし」と明日の事を妄想するであった。


「これは理沙とコテツだけの秘密なの!ご馳走様!」

「理沙、お風呂。入ってもう寝るね」

そういい残しバタバタとリビングを走り抜けていった。


「大丈夫かしら・・・あの子」

理沙がいなくなったドアを見つめ母親がぼそりと言う。


「さぁ・・・」

父親はそう言うだけだった。

すると一旦出て行ったドアから、顔だけを出した理沙がウインクしながら言った。

「今日はコテツと寝るね!」

そう言うとまたドタドタと走ってくのであった。


「どうしたのかしら・・・?」


「さぁ・・・」


理沙は布団をかぶりニヤニヤと明日の事を考えていた。

「早く・・・明日にならないかな!」


横を見るとコテツが先にスヤスヤとい寝息を立てている。

「明日から喋れるんだ!」

理沙の顔はさらに笑顔になっいた。


「おやすみ・・・コテツ」

理沙はコテツにそう言い目を眠りに落ちるのであった。


次の日の朝。





女の子が目を覚ますと横にいた子犬が女の子に言いました

「おはよう」





「おはよう」

眠たそうに理沙が上半身だけを起こし目を擦りながら言う。

数秒の時間がたち、理沙が事の異変に気がつく。


「えっ!?」

理沙はその短い言葉と共にコテツを見る。


「いっ今 コテツが言ったの??」

(おはよう)


コテツの口は動いていない。

しかし理沙には、はっきりと聞こえてきた「おはよう」と

聞こえてきたと言えば語弊がある。

どちらかと言うと理沙の脳に直接話しかけているような感じだ。


「あ・・・こ、コテツ?コテツが言ったんだよね?そうだよね?今日から喋れるんだよね?」

理沙は信じられないという顔をしている。


(うん)

また理沙の脳に直接話しかけてるような感じだ。

口は動いていない。


理沙はコテツのその言葉を聞くとベットを飛び出し、コテツに抱きつきグルグルと自分を中心に回る。

コテツの体は遠心力で少し浮いている。


「コテツ、本当に喋れるようになったんだね!どうしよう!理沙、超うれしいんだけど!」 

なおも回り続ける理沙。


(いたい)

コテツは理沙に回されるのが痛かったらしい。

その言葉に反応したのか理沙の動きを止める。


「ごめんごめん」

理沙はコテツを床におろし、自分の顔をコテツの顔に擦りつけ喜びを表している。


(いたい)

コテツがなおも言う。


「そうだ!お姉さんにお礼を言いにいかないと!」

理沙はコテツの声が届かないほど興奮していた。


「コテツ!散歩のついでにお姉さんの所に行こう!」

理沙は言い終えると同時に、着替えだしていた。


(さんぽ いく)

コテツは理沙の言葉を聞きグルグルと動き出した。

態度は嬉しそうだ。しかし言葉に感情はない。

その感じに理沙は微妙な違和感を覚えるも、うれしさが先行していたため、あまり気にはならなかった。

服を着替え終えると、理沙とコテツは家を飛び出していったのだった。


二人は全速力で昨日の道を駆け抜け、ぐりむ堂のドアを勢いよく開ける。


「おはようございます!お姉さんいますか?」

理沙は昨日の注意深さとは裏腹に、元気よく店の中に入っていっただった。


ミヅキはカウンターで椅子に座り、頬杖をつきながら何かの本を読んでいたが、理沙が入ってくると彼女の方を見て笑顔で言った

「あら、おはよう。お客さん達。どうしたの?こんな朝早く」


理沙はカウンターの手前まで来るとピタっと止まり頭を下げた。

「お姉さん、ありがとうございます!コテツが理沙とお話が出来るようになりました」

頭を上げた理沙の顔は満面の笑みがもれている。


「あらあら よかったわねぇ」

ミヅキも笑顔で答える。


「質問があるんですけど・・・」

先ほどとは打って変わって理沙はモジモジと聞く。


「何かしら?」


「コテツの口・・・動いてないんですけど・・・」

理沙が申し訳なさそうに言う。


「あぁ ワンちゃんだからよ」

ミヅキはさも当たり前かのように言った。


「?」


「難しい話なんだけど人間とワンちゃんじゃ構造が違うから、ワンちゃんは口を動かして話す事が出来ないのよ。だから直接脳に話しかけてくるようになったのよ」


「?」


「兎に角人間とワンちゃんが喋るためにはその方法しかないのよ」

ミヅキは笑顔で言った。


「そうなんですかぁ・・・ちょっと残念」

理沙が言う。


するとその会話を無視するかのようにコテツが理沙に言った。

(ごはん)


理沙の顔を見ず、視線はまっすぐ前を向いたままコテツが話しかけてくる。

「お腹減ったの??じゃご飯食べにかえろっか!」

理沙はコテツに向かってそう言った。


先ほどの不安もコテツが話しかけてきた嬉しさでどこかにいってしまったらしい。

(たべる ごはん)


「わかった!」

「あの・・・コテツお腹減ってるみたいなんで帰ります」

理沙がミヅキに言う。


「あらそう・・・残念ね 来たばっかりなのに」

ミヅキは多少悲しそうな顔をする。


「本当にありがとうございました」

理沙はもう一度深々とお礼をすると

「コテツ ごはんいこ!」

そう言って店を出て行くのだった。


一人と一匹が店を出て行き、来客の鐘が静まりかえる。

ミヅキは二人が入ってくる前に読んでいた本のページを一枚めくり、頬杖をつき独り言をもらした

「さて・・・この先の白紙・・・どうなるのかしら?」

ミヅキがめくったページは白紙だった。


白紙を見つめるミヅキは今までみた事もないような感情のない顔になっていた。

「さて・・・掃除掃除」

数秒その白紙を見つめていたミヅキだったが、いつもの整った顔に戻り、読んでいた本を閉じカウンターの奥の部屋に入っていく。


閉じた本の題名は「喋る犬と女の子」と書かれていた。





女の子は子犬が喋った事で今まで以上に子犬の事が好きになりました





それからと言うと理沙は一日の時間をコテツと一緒に過ごすようになるのだった。

散歩に行ったり、ご飯を一緒に食べたり、一緒に寝たり全てがコテツを中心にした生活。

理沙は楽しい夏休みを過ごすようになりる。

しかし数日が過ぎ、理沙はコテツに何かひっかかる物を感じるようになった。

それはある些細な事件がきっかけとなったのだ。


理沙とコテツは夕飯を食べ、部屋にいた時だった。


「コテツ 今日はお風呂に入ろうか?」

理沙は笑顔でコテツに話しかけた。


(ふろ なに)

コテツは相変わらず、理沙を見ないで直接語りかけてくる。


「お湯に浸かって体を綺麗にするんだよ」

理沙が手を叩きながら。楽しそうに言う。


(やだ)

コテツは即答する。


「なんで?綺麗になろうよ」


(きらい みず)


「いいからお風呂に行くの!」

理沙は無理やりコテツを抱きかかえ部屋を出ようとしたのだった。


(やめろ ばか)

コテツは抱きかかえる理沙から抜け出し部屋の隅のほうで丸くなるだけだった。


「コテツ・・・」

理沙は何かを言おうといったん口を開いたが、すぐに口を閉じた。



「前から思ってたんだけど・・コテツは何で一言しか喋らないの?」

数秒後、意を決したかのように理沙はコテツに聞いたのだ。


(うるさい)

目だけを動かしコテツが言うのだった。

(寝る)

コテツは更に丸くなり、次第に寝息を立てるのであった。





犬は人間ほどの脳を持っていません

犬が言う言葉は全て単語なのは当たり前の事だったのです

その日を境に女の子は次第に一言しか言わない犬が嫌になってきました





理沙は次の日からコテツを犬小屋に戻し、一切コテツと話をする事はしなくなった。

母親から餌をあげるように言われても拒否し、どこかに出かける時も犬小屋の前は素通りした。

コテツはすれ違う理沙に(さんぽ)や(ごはん)と話しかけても、理沙は無視を続けるのだった。


そんな日が何日が続いた。

見かねた理沙の母親は、コテツの散歩をするように理沙に声を掛けるのだった。


「理沙、コテツを散歩に連れて行きなさい」

母親は1階から2階の理沙の部屋に向かって言ったのだ。

しかし2階から返事は返ってこない。


「あなた・・・理沙どうしたのかしら?」

母親は父親に言尋ねた。


「さぁ・・・」

父親は相変わらず我関せずで、新聞を読みながら適当に答えるだけだった。


「もう・・・しょうがないからコテツの散歩行って来てくれる?」


「・・・わかった」

父親は新聞を軽くたたみテーブルの上に置くと、よっこいしょっと立ち上がる。

犬小屋の前に行くとコテツにリードをつけ、門をくぐり抜け散歩に出かけるのだった。

コテツは久しぶりの散歩のため興奮したように走り回っていた。


自分の部屋の窓からその様子を見ていた理沙は、無表情に独り言をもらしていた。

「・・・もう・・・いらない」



次の日の夕方。

無表情の理沙が2階からリードを手にし、スタスタと玄関に向かっていく。


「あら?理沙 どこにいくの?」

母親がリビングから理沙に尋ねた。


「散歩」

理沙は短く答えるだけだった。


「気をつけるのよ」

母親はコテツの散歩に行く理沙に、少し安堵し小さな溜息を漏らすのであった。


「はい」

無表情の理沙がまた短く答える。


「?」

母親はいつもと違う理沙の雰囲気に一瞬違和感を覚えるも、それ以上は気にすることはなかった。


理沙は玄関を出て一直線に犬小屋の前に向かい、犬小屋の前でぴたっと止まりコテツを見下ろす。


(りさ)

コテツが理沙に気がつき顔をあげる


「・・・散歩に行くよ・・・コテツ」

見下ろす言葉と表情に感情は感じられない。


(さんぽ いく)

コテツは久々の理沙との散歩にはしゃいでいるようだった。

理沙は手際よくリードをつけコテツを引っ張るように歩いていった。


いつもの散歩コースを歩いていると、理沙がいきなりいつもと違うわき道に入っていく。

不意に道を変えたためコテツの首が絞まった。


(こっち ちがう)

コテツは久々の散歩で興奮しているためか、息を短く切らしながら言った。


「・・・」

理沙はコテツの言葉を無視している。


(こっち ちがう)

コテツが同じ間隔、同じ発音で理沙の頭に語り掛けてくる。


「いいの、今日はこっちなの」

理沙はコテツの方を見ないで簡単に答えるだけだった。


(わかった)


日が段々と暮れていくにしたがって散歩の道も次第に険しくなっていった。

気がつくと二人は山の中を歩いていた。


もう夕日も半分地平線に隠れたころ、急に理沙の足が止まる


(ここどこ)

コテツが理沙に聞く。


「山よ」

理沙が短く答える。


(なんで)

コテツが再び聞く。





女の子が言いました

「あなたを捨てるためよ」

女の子は子犬の事が嫌になり山に捨てる事にしたのです





(なんで)

先ほどと同じようにコテツが直接脳内に語り掛けてくる。


理沙は今までとは打って変わり、急に泣き出しながら語りだした。

「だって・・・口は動かない・・・喋っても一言、表情もないから感情が感じられないからイヤなの!!」


(おれ しゃべる のぞみ)

コテツが言った。もちろん脳に直接響いてくる感じで感情は感じられない。


「やめて・・・文章のような言葉で語りかけるのは・・・」

理沙が泣きながら言う。


(りさ おれ きらいか)

(おれ りさ すき)

コテツが尻尾を振りながら語り掛けてくる。


「やめて・・・伝わらないから・・・」

理沙はその場でうずくまり頭を抱え込んだ。


(おれ りさ きらわれる やだ)

(おれ りさ すき)

コテツはゴロンと転がりお腹を見せながら言う。もちろん表情も言葉に感情も感じられない。


「やめて・・・お願いだから。やめて。理沙に話しかけないで」

理沙は抱え込んだ頭を左右に振りながら小さく震えていた。


(おれ にどと しゃべらない)

(だから かえろ ごはん はらへった)

コテツは泣いている理沙のぽっぺたを舐めながら言のだった。


「やめて・・・お願いだから・・・お願い」

理沙はほっぺを舐めるコテツを払いのけるが、コテツはまた理沙に近づきほっぺたを舐めながら言った。


(りさ すき りさ りさ りさ りさりさりさりさりさりさりさりさりさりさ)


「いやぁああああぁぁぁぁー!」

直接脳に話しかけてくる恐怖に耐えかねて理沙はコテツを両手で突き飛ばしながら叫んだ。

そして近くにあった大きめの石を両手で拾い、目を見開きコテツに向かって距離を一気に詰める。


(りさ・・・)

コテツは逃げないでその場に立ち尽くしていた。





女の子は叫びながら近くにあった石で犬を殴りつけました 何回も 何回も

気がつくと犬は血まみれになってピクピクとしていました

女の子の名前を何回か口にしていましたがしばらくすると動かなくなりました





理沙は血まみれになったコテツをそのままにし、泣きながら家に帰っていった。

もうだいぶ暗くなったころだった。


理沙がいなくなり取り残された動かないコテツの元に人影が現れた。

それはミヅキだった。

彼女の右手には「喋る犬と女の子」という題の本が握られている。


彼女はしばらく動かなくなったコテツを見下ろし、次に本をパラパラとめくった。

読んでいた本をパタンと閉じ、コテツを見ながら語りかけるように言った。


「そう・・・こうなってしまったのね。可哀想なコテツ君」

ミヅキは動かないコテツに更に語りかけた。


「喋ったり、笑ったりって人間が唯一もってる物・・・それを他の動物に宛がうなんてエゴになるのかな?」

そう言いながらミヅキはコテツの元にしゃがみこみ、コテツを抱きかかえる。

コテツの首がダランと落ちる。


「それが例え一歩的なエゴだとしても、それは君にとって楽しい出来事だった?不快な出来事だった?コテツ君はどう思う?」

優しくコテツに語り掛けるミヅキ。

しかしコテツはもう動かない


「いつかあのお客さんがその事に気がついたら・・・そうね、考えてあげてもいい」

暗闇の中をコテツを抱きかかえながらミヅキは消えていった。


「だってこの物語の白紙はまだ余ってるんだから」





数年後


理沙は高校生になっていた。


夕暮れ時、理沙は学校の帰り道一人でフラフラと歩いていていた。

理沙は曲がり角で何かとぶつかった。


子犬だ。


子犬にリードをつけている女の子が理沙に言った。

「ごめんなさい!あっお姉ちゃん!」


「大丈夫よ。今日もケンシロウ君とお散歩?」

理沙は笑顔で理沙に言った。


「うん、ほら!ケンシロウ。ちゃんと理沙お姉ちゃんに謝りなさい!」

女の子は無理やり子犬の頭をつかみ下に押したのだった。


「そんな事しちゃ駄目だよ」

理沙が困った顔をしながら女の子に言った。


「だって・・・ケンシロウは喋れないし」

その時、理沙の脳裏にコテツと話をした日々がフラッシュバックするのだった。

しばらくの時間を置き何かを悟ったのかのように理沙は薄く笑った。


(そういう事だったんだ・・・ごめんね コテツ)


理沙は女の子の視線の高さに合わせるように屈みこむ。

「犬は喋れないものよ。それを要求するのはエゴになるかもね」

理沙は女の子に言うよりも、自分に言い聞かせているような感じだった。


「エゴ??」

女の子が不思議そうな顔で聞き返した。


「そうよ、エゴ。愛ちゃんはケンシロウ君の事好きでしょ?」


「うん」

愛ちゃんと呼ばれた女の子は元気に答えた。


「兎に角、口では中々言い表せないけど・・・犬には犬の愛情の表現があるって事。だから人間の表現でそれを求めては駄目なの。それがケンシロウ君に対する愛ちゃんの愛情でもあるのよ」


「よくわからない・・・でもケンシロウ好き!」


「いつか解るよ。それじゃ気をつけるのよ」

理沙は笑顔で手をふり女の子達を見送っていった。

しかし理沙のその顔は何故か寂しそうだった。


理沙は女の子達が見えなくなるまで見送っていた。


そして自分の家に帰ろうと振り向いた時、ある人が目の前に立っていた。

「こんにちは 小さなお客さん」

それはミヅキだった。


数年前に出会ったあの時と同じ、モスグリーンのワンピースに白のハーフエプロン。

右手には本が抱えられている。

不思議な事に年はとっていないように見えた。

数年前のあの綺麗な笑顔をしている。


「・・・あ・・・あなたは」

理沙は信じられないというような顔をしている。


「お久しぶりね。流石にもう小さなお客さんじゃないわね」

ミヅキは首を傾げながら言った。


「ところで・・・コテツ君は元気?」

ミヅキが笑顔のまま言う。


「・・・コテツは・・・」

理沙はそれ以上言葉が出てこなかった。


「ふふ・・・冗談よ 全部知ってるわ」

ミヅキが悪戯な笑顔で言う。


「・・・すみません・・・」

理沙は俯き目には涙がたまっている。


「そうね。幼い純粋な子がした事は言えあまりにも残酷だったわね」


「すみません・・・」

理沙は涙を流しながら言った・


「ところで、実は今日会って欲しい人がいるのよ」


「?」

予想もしなかった言葉に理沙は顔をあげた。


「正確に言うと人じゃないんだけどね」

その言葉をミヅキが言ったと同時に、ミヅキの足元から子犬がヒョイと顔だけを出した。

コテツだった。


「こ・・・コテツ?」

泣いていた理沙の顔が驚きに変わる。


呼ばれたコテツは「ワン」と返事をし尻尾を振りながら理沙に走っていった。

理沙は屈み走ってくるコテツを抱きかかえる。


「ごめんなさい 本当にごめんなさい」

理沙はコテツを抱きかかえ涙を流しながらコテツに謝った。


コテツは抱きかかえられ理沙の頬を伝う涙を優しく舐めていた。

「もう、コテツ君は喋る事は出来ないわ」

ミヅキが理沙に言い、そして続ける。


「だけど、どうしても言いたい事がひとつだけあるみたい。だからこれが本当に最後よ」

理沙はミヅキのその言葉を聞きコテツを見つめた。

理沙の涙を舐めていたコテツだったがコテツも理沙を見つめる。


(きにすんな)


理沙の脳には確かにそう聞こえた。

理沙はただコテツを抱きしめ泣いていた。


一人と一匹を後にしミヅキは一人歩いていた。

ミヅキは右手の本をパラパラとめくり最後のページを見る。


「これでやっと小さなお客さん達の最後の白紙が埋まったわ」

ミヅキは少し優しく笑いながら本をパタンと閉じ歩いて行く。


「大切なのは過去の事ではなくて過去の教訓を理解して、過去以上に巧くやっていく未来の事ね」

歩いていたミヅキがいったん立ち止まり、顎に人差し指を当て空を見ながら一瞬考える。


「それにしても犬って思った以上に忠実ね」

そう言ってまた歩いていく。


後ろにはまだ抱き合っている理沙とコテツがいる。





女の子は自分の傲慢さを理解した時、綺麗な女の人が現れ

子犬を元通りにして返してくれました

それからと言う物女の子と子犬は幸せに暮らしました


喋る犬と女の子

おわり

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