【短編】美貌の騎士団長は、黒髪の薬屋しか見えていない。 ― 黒髪の青年に一途な騎士団長の止まらない溺愛 ―
連載版を作成する前に作った話です。若干本編との差異はあります。
大陸西部――
魔法文明が息づく ヴァルディア王国。
王都ヴァルディアは、白い石造りの街並みと、
空へ突き刺さるようにそびえる巨大な魔導塔で知られている。
昼は露店の呼び声と人々の笑い声が石畳を満たし、
夜になれば魔導灯の淡い光が街路を静かに照らす。
魔法が生活の一部として息づく、美しくも賑やかな都市だった。
その中心にあるのが王城、そして――
王国最強の魔力を持つ者たちが集う 魔法騎士団本部。
その頂点に立つ男の名を、知らぬ者はいない。
レオン・ローゼリア。
銀の長髪。
氷のように澄んだ蒼い瞳。
長身の身体は剣士のように鍛えられ、
立つだけで周囲の空気が引き締まる。
侯爵。
そして魔法騎士団長。
王族からの信頼も厚く、
その魔力量は歴代でも屈指――いや、王国随一とも言われていた。
だが当の本人は。
人に、ほとんど興味がなかった。
「また縁談の書状が届いていますよ、団長」
副官が差し出した封書には、香り高い封蝋が押されている。
レオンは視線すら向けない。
「処分しておけ」
「侯爵家からです」
「関係ない」
副官は苦笑する。
レオンの視線は、窓の外へと向けられていた。
夕陽に照らされた魔導塔が、長い影を街へ落としている。
(恋愛……か)
理解できなかった。
誰と話しても、同じだった。
魔力は平均以下、言葉は浅く、思考は単純。
胸が動くことはない。
(退屈だ)
それが、レオンの結論だった。
――あの日までは。
◆ 王都北区郊外の森
冬の名残を含んだ風が、森を渡っていた。
「魔物の暴走……?」
報告を受けたレオンは、即座に転移魔法を展開する。
空間が静かに歪み、
次の瞬間、森の空気が肌を打った。
その瞬間だった。
胸の奥に、わずかな震えが走る。
(……強い)
大地の奥から湧き上がるような魔力。
荒々しくはない。
むしろ静かで、深く、底知れない。
湖の底のように穏やかで――
それでいて圧倒的だった。
(何者だ)
森の奥へ進み、
レオンは足を止める。
そこにいたのは――
黒髪の青年だった。
青年は、小さな子どもを抱き寄せていた。
震える肩をそっと包み、静かな声で語りかけている。
「大丈夫ですよ。怖かったですね」
柔らかな声音。
その瞬間。
森にいた魔物たちが、一斉に 地へ伏せた。
ドンッ――
見えない重力が落ちてきたかのような衝撃。
レオンの瞳が細められる。
(……今のは)
魔力の流れを追い、確信する。
(この青年……私以上だ)
あり得ない。
王国でも最高峰の魔力を持つのは、自分のはずだった。
「君」
レオンが声をかける。
青年が振り向いた。
漆黒の髪が風に揺れる。
そして、ワインレッドの瞳がこちらを見上げた。
控えめな整った顔立ちではある。
だが華やかではない。
どこにでもいそうな、穏やかな青年。
けれど――
その表情には、不思議な温かさがあった。
「はい?」
「今の魔力は君だな」
青年は一瞬きょとんとし、困ったように笑った。
「えっと……違うと思います」
少し照れたように視線を逸らす。
「僕、魔法あまり得意じゃなくて」
(嘘だ)
先ほどの魔力は、
隠せる規模ではない。
「名前は」
「アレンといいます。北区で薬屋を」
控えめな仕草で頭を下げる。
細い体。
だが、薬草採取で鍛えられたような筋肉がある。
そして――
底の見えない魔力。
レオンの胸の奥で、
久しく感じなかった感覚が小さく揺れた。
(……面白い)
それが、最初の感情だった。
◆ 北区の薬屋
朝市の声と、焼きたてのパンの香り。
その一角に、小さな薬屋がある。
木製の看板。
窓辺に吊るされた乾燥ハーブ。
看板の横では、黒猫が丸くなって眠っていた。
背中の白い模様は、まるで月のように見える。
「また来たんですか?」
アレンが柔らかく笑う。
その笑顔を見た瞬間――
レオンは、わずかに視線を逸らした。
(……また笑った)
なぜだろう。
その笑顔を見ると、胸の奥が静かにざわめく。
「薬を買いに来た」
「昨日もですよ?」
アレンがくすりと笑う。
「そんなに病弱なんですか?」
「予防だ」
アレンは吹き出しそうになりながら笑った。
その声を聞きながら、
レオンは胸の奥の変化を感じていた。
(顔を見ると……落ち着く)
理由はわからない。
だが確かに、
この青年の前では心が少しだけ静かになる。
◆ ある夜の裏路地
「その魔力……奪えば俺は皇帝騎士団入りだ」
闇魔導士が笑う。
囲まれているのはアレンだった。
だが、本人は困った顔をしているだけだった。
「困ります。仕事があるので」
(この状況でそれか……)
呆れかけた瞬間。
レオンの胸に、別の感情が湧き上がる。
(触るな)
ドォンッ!!
闇魔導士が壁へ叩きつけられた。
「……誰だ」
「私だ」
影から現れたレオンに、アレンが目を丸くする。
「レオン様……?」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥の緊張がほどけた。
レオンは思わずアレンの腕を掴む。
「怪我は」
「ありません」
そして、アレンは微笑んだ。
「助けてくださって、ありがとうございます」
その笑顔を見た瞬間――
レオンは理解した。
(無事でよかった)
そして。
(……この男を失いたくない)
◆ 夕暮れ、城壁
王都が橙色に染まっていた。
魔導塔の影が長く伸びる。
風に黒髪が揺れ、
アレンが静かに振り向く。
「アレン」
「はい?」
レオンは真っ直ぐ言った。
「君が好きだ」
アレンの目が大きく見開かれる。
頬がゆっくり赤くなる。
「……え」
レオンは続けた。
「最初は魔力に興味を持った」
「正直ですね……」
アレンが小さく笑う。
「だが今は違う」
レオンは静かに言った。
「君が笑うと心が落ち着く」
「危険に遭えば腹が立つ」
「誰にも渡したくない」
アレンの耳まで赤くなる。
「……ずるいです」
「何が」
「そんな風に言われたら」
アレンは照れながら笑った。
「好きって言うしかないじゃないですか」
レオンの胸が、強く鳴る。
「本当か」
「はい」
アレンは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「最初から、少し気になってました」
レオンはそっと手を取る。
「ありがとう」
アレンは少し驚き、
それから安心したように笑った。
「……はい」
こうして――
銀髪の魔法騎士団長は、
静かな優しさを持つ青年に恋をしたのだった。
関係性が気になった!という方は、是非連載版も閲覧お願いしますー。




