第9話 皇帝と娘
庭園には、終わりを迎えようとする晩秋の気配が満ちていた。
かつて鮮やかに咲き誇っていたはずの花々は、その色を失い、冷たい風に身を震わせている。
「お父様、身体が冷えますから、そろそろ戻りましょう」
「うむ、もう少しな」
皇帝と皇女ではなく、親子としての貴重な時間。
「皇后が男の子を生んでくれたら、何か違ったのかもしれんなぁ」
「そんなことを言うと、側室の方々に睨まれますよ」
「構わんさ。愛した女はお前の母、皇后だけだ」
数年前に他界した母を偲ぶ。
「愛漓よ、いずれ琉克が私の跡を継ぐ。息子は何人もいるが、あれほどの傑物はいない。それは認めておる」
私は黙って俯き、衣の下で冷え切った自分の指先を握りしめた。
「だが、あやつは危うくてな」
少し前までは、全幅の信頼を寄せる兄だったのに。
「お前が抑止剤だろう。琉克を繋ぎ止められるのは、世界でお前一人しかいない」
「私などなんの力もありませんわ」
「力ではない、存在意義だ」
お父様が私の手を取る。昔は無骨な手だったのに、随分とシワだらけになってしまった。
「老いた父からのお願いだ。あやつを一人にするな」
「お父様」
父は、どこまで知っているのだろうか。
琉克が私を「女」にしたことも、そのために、長い年月をかけ白蓮を飼い慣らしてきたことも。
「おや、なんのお話です?」
艶やかな声が庭園の静寂を切り裂いた。
「お兄様……」
「息子も娘も結婚せんから、父は不安だという話だよ」
「なるほど」
琉克は手にしたストールを私の肩にかけた。ふわりと白檀の香りに包まれる。
まるで、琉克に抱かれているような重さ。
「父上、残念ですが結婚はしません。いえ、結婚だけならできますが、子どもは望めません。俺は男色ですから」
さらりと放たれた告白に、私は息を呑んだ。
だが、父は驚く風もなく、ただ深くため息をついた。
「はぁ、やっぱりなぁ……」
見透かしていたのだ。
父は、長男の琉克が抱える異常性も、その執着がどこに向いているかも、すべてを知っているんだろう。
「ですがご安心を。後継者は、愛漓の子どもを据えるつもりです」
「え!」
「正室である皇后の血を引くのは、愛漓だけですからね。国民は肯定的でしょう」
側室の子である琉克が皇帝となり、私の子どもを養子にする。
そして、私は一生この宮廷という檻から出られない。
「他のお兄様方が黙ってないわ!」
「言わせておけばいい。すべてねじ伏せるだけだ」
琉克の瞳には、一切の容赦もなかった。
邪魔なものは、実の兄弟であろうと排除する。その狂気を察したのか、皇帝が鋭い声で釘を刺した。
「琉克。この宮廷で血を流すことだけは、私の目の黒いうちは許さんぞ」
一国の主としての明確な牽制。
琉克はすくい上げていた私の髪を離すと、父に向かって深く頭を下げた。
「父上。俺はこの国の繁栄を願っております」
その態度は非の打ちどころがないほど謙虚だった。
けれど、すぐ傍にいた私にはわかった。頭を下げた兄の口角が、一瞬だけ、嘲笑うかのように歪んだのを。
「愛漓よ、今日はこれまでとしよう。またこの父と語ろうぞ」
「はい」
庭園には私と琉克だけとなる。
「血を流すな、か。……安心しろ、愛漓。俺はお前を傷つけるようなことはしないよ。不純なものは排除するだけさ」
不純なもの。
それは他の兄たちか、あるいは、私を愛そうとする誰かなのか――。




