第7話 白蓮の過去
※語り手:白蓮
遠ざかる二人の背中を、熱の引いた瞳で見送っていた。
琉克に抱き上げられた愛漓。
その細い肩に刻まれた赤い痕は、昨夜、僕が欲望のままに刻みつけたものだ。
けれど、その痕さえも琉克にとっては「自分の教えを正しく実行した成果」に過ぎない。
僕はあの男の指先であり、舌であり、生きた道具。
◆◆◆
幼い頃の記憶は、常に飢えと寒さと共にあった。
没落した下級貴族の末端に生まれた僕を、母は一度も抱きしめたことはない。
けれど、他の大人たちの毒牙からは、徹底して守り抜いた。
「この顔を汚してはいけないよ。いつか、一番高く売れるその時まではね」
僕に触れようとする下卑た男たちを、母は言葉巧みに追い払った。
それは僕を愛していたからではなく、商品としての価値を落とさないため。
一度も汚されることなく、けれど一度も愛されることはなかった。
母の舞の腕は確かだった。無理やり教えられた舞が転機となったのは、12歳のときだ。
とある名家の庭で行われた祝宴。余興として舞を披露したときだ。
当時18歳だった皇太子・琉克が来賓として参列していた。
凛として、この世の全てを見下ろすような苛烈な美貌。
僕の顎を指先でクイと持ち上げ嗤った。
「磨けば光るな」
その瞳に射抜かれた瞬間、僕の運命は決まった。母が待ち望んでいた以上の「買い手」が現れたのだ。
宮殿に連れて行かれた最初の日、彼女に出会った。
「白蓮は、本当に宝石みたいにきれいね」
燦々と降り注ぐ陽光を背負って現れた、幼い日の愛漓。
その瞳はあまりに澄んでいて、下界の泥にまみれた僕には眩しすぎた。
一目惚れだった。
母の思惑も、琉克の毒も、すべてを忘れさせてくれるような光。
この人を守るためなら、自分の魂を売ってもいい。そう心に誓った。
その誓い通りになった――。
ある夜、琉克の玄武殿に呼び出された。
豪華な寝台。立ち込める白檀の香り。
琉克は僕を組み伏せ、その美しい顔を冷たく歪ませた。
「愛漓を愛しているんだろう?目を見ればわかる」
図星だった。
震える身体を琉克は容赦なく蹂躙した。
母が「傷一つないように」と育て上げた僕の身体を、琉克は執拗に、壊すように開いていった。
抵抗など、できるはずもなかった。皇太子という地位だからではない。
この心にある愛漓への想いを、この男は人質に取ったのだ。
「いいか、白蓮。お前の身体に教え込む全てを、愛漓に分け与えるんだ。お前が愛漓を抱くとき、お前は私としてあの子を抱くことになる」
驚くべき発言だった。
琉克の指が、舌が、この身体を塗り替えていく。
痛みと快楽の狭間で、愛漓の姿を思う。それが琉克の狙いであることも知らずに。
10年の月日が流れ、舞神と呼ばれる高位の地位も得た。
けれど、昨夜、愛漓の肌をなぞった指の緩急も、すべては琉克から与えられたもの。
愛漓……。
あなたを救いたいのか、それとも、共に地獄へ墜ちたいのか。
窓硝子に映る顔は、かつての母が望んだ通り、恐ろしいほど美しく、そして救いようがないほど汚れていた。




