第5話 睡蓮の檻と背徳
白蓮の衣からは、奏天雅集の者だけが許される瑞々しくも甘い、睡蓮の香りがふわりと漂う。
琉克の白檀の香りはいつの間にか遠退いている。
「僕が怖い?」
白蓮は私の髪をすくい上げると、その白い指先で首筋にそっと触れた。全身の血が指の触れた一点へと集まっていく。
琉克と白蓮の間の情事。
その一端に触れた気がして、胸がチリチリと焼けるように痛んだ。嫉妬。そうだ、私は兄にも、そして白蓮にも、得体の知れない嫉妬を覚えているのだ。
「白蓮を怖いと思ったことなんてないわ」
「でも、震えてる」
白蓮の指が私の唇をなぞる。その指先は驚くほど熱く、かすかに震えているようにも感じられた。
「お兄様と白蓮は、恋仲ではないのですか?」
「まさか」
白蓮の表情が曇る。
「琉克はわざと僕らを二人きりにしたんだ。今頃、俺たちの関係がどう壊れ、どう結ばれるかを誰よりも楽しみにしているはずだ」
「お兄様が?そんなはずは――」
そのとき、遠い記憶が蘇る。
『愛漓にあげるよ』
まるで、琉克の掌の上で繰り広げられる演舞の一幕。逃げ場のない檻に閉じ込められていく感覚。
恐ろしいはずなのに、私の背筋には甘い痺れが走った。
「おいで、愛漓」
白蓮は私を軽々と抱き上げた。玄武殿の奥にある、天蓋が揺れる大きな寝台に、そっとおろす。
昨夜、白蓮と琉克が重なっていた場所に――!
絹の上に沈められ、白蓮の重みが重なる。
「信じてもらえるかわかりませんが……」
目の前の白蓮の瞳には、捨てられた子犬のような寂しさが宿っていた。
「僕は愛漓様を愛しています。ずっと、出会った頃から」
その告白は、私の最後の防波堤を粉々に砕いた。
抗えない魔法にかかったように、私は彼の唇に吸い寄せられた。軽く触れただけで、身体中に火が走る。
「んっ……ふ、ぁ……」
はじめてのキスは、深く重く、官能的だった。
「は、白蓮、わ、たし……」
私の着物の帯に、彼の長い指先が触れた。衣が滑り落ちる感触に、身体がびくりと震える。
「柔らかいね。まるで桃のようだ。ここも……ここも」
彼の唇が、首筋や鎖骨、そしてあらわになった肩を熱く辿っていく。
その手つきに、昨夜の光景が重なる。――この人は、兄にもこうして触れていたの? ――この手つきも、兄から教わったものなの?
「ずっと、こうしたかった」
耳元で囁かれ、太腿をなぞる指先がさらに深奥へと進む。
「ねえ、愛漓も本当は、僕とこうなることを望んでいたんだろう?」
「そ、それは――」
否定できなかった。あの背徳的な光景を見てから、私の心は取り憑かれたように、ずっと熱を帯びていたのだ。
「身体は素直だね、愛漓様」
「あっ……は、白蓮、……」
白蓮の背中に腕をまわし、その熱を逃さないようにしがみついた。
「……白蓮っ」
「感度がいいのは、血筋かな」
月明かりが、二人を閉じ込める檻のように差し込む。不意に、白蓮が指先の動きを止めた。
「僕は確かに琉克様に抱かれていたけれど――、すべては、この夜のためです」
その告白と共に、白蓮のまとう空気が一変した。
優しく抱きしめていた腕に力がこもり、私の両手首は頭の上で、彼の片方の大きな手のひらによって簡単に封じ込められた。
「……っ!」
逃げられない。見上げれば、そこには神の慈悲など微塵もない、一人の「男」の、飢えた視線があった。
「奏天雅集の演目には、一晩中舞い続け神と対話するものもある。朝まで愛し続けるから、覚悟して」
指先が器用に内着を弾き、支えを失った衣が肌を滑り落ちた。あらわになった姿を熱い視線に晒され、羞恥に顔を伏せる。
「ここも……全部、僕のものだ」
熱い舌先が、蕾を捕らえる。吸い上げられる刺激に腰が跳ね、つま先までがしびれた。
「ほら、目を開けて。目の前にいる男が誰か、ちゃんと見ていて……」
いつもは神への祈りを捧げるその指先が、今は私のすべてを暴き、蹂躙していく。
昨夜、琉克が白蓮にしたことを、今度は私にしている。
その最悪で最高の背徳的な快感に、私は自分から腰を浮かせてしまっていた。




