第4話 銀の糸
「静かな夜ですね、愛漓様」
白蓮がふわりと微笑みながら、琥珀色の酒が入った杯を傾けた。
その指先は相変わらず白磁のように美しく、杯の縁をなぞる動きさえも、神に捧げる舞の一部のように優雅だった。
「隣に座ってもいいでしょうか?」
「え?」
答えを聞くより早く、白蓮は衣の裾を翻しながら、私の隣に腰を落とした。
「随分と、熱っぽい視線を向けられる」
「そんなこと、ありません」
「熱さで溶けてしまいそうだ」
私は思わず目を伏せた。
琉克に組み敷かれ、淫らな声を漏らしていた、あの背徳的な姿がよぎる。喉の奥が乾き、呼吸が浅くなるのを自分でも分かった。
「……昨夜、見ていたでしょう?」
白蓮の声から甘さが消えた。
鈴を転がすような清らかな響きはそのままに、温度だけが氷のように冷え切っている。
「僕と琉克様が、何をしていたか――、君は覗き見ていたはずだ」
蛇に睨まれた小鳥のような、そんな圧迫感を覚える。
白蓮の瞳は、観客に向ける慈悲深い光ではなく、獲物を追い詰める捕食者の鋭さを帯びていた。
「私……、誰にも言うつもりないわ」
必死に訴える私を、白蓮はしばらく無言で見つめていたが、やがてふっと表情を崩した。
「そんなこと心配していないさ。それに、誰に言ったところで、琉克様が揉み消す」
「え……?」
「ここは――、玄武殿は琉克の箱庭だからね」
白蓮はそっと白く細い指を、自らの唇に当てる。
「愛漓様はご存知ですか? 琉克様の、あの執拗で、容赦のない指の使い方を」
「そんなこと、知りたくもありません」
「では……今夜、三人で試してみましょうか?」
耳を疑うような提案に、思考が完全に停止した。
冷徹な兄と、雪のような美貌の白蓮。その二人に挟まれる私――。
「な、なんて不純なことを!」
「……ふっ、あはははは!」
白蓮が声を上げて笑い出した。
「冗談だよ。琉克様は男しか愛せないからね」
「お兄様が?」
確かに、いつまで経っても正室どころか側室さえも娶らない。皇帝であるお父様も家臣も、頭を抱えている。だからって――。
「ねぇ白蓮。あなたいったい……」
「僕は琉克様の――」
白蓮は卓上の酒瓶を手に取り、私の杯に琥珀色の液体をなみなみと注いだ。
「いや、愛漓様は何も知らなくてもいい」
彼の目の奥に、逃れられない暗い光が宿る。捕らえられた視線。
「それより、どうして琉克が席を外したと思う?」
「え?」
不白蓮の指先が、私の唇をなぞる。そして――。
「…っん……!」
指先が強引に口の中へと入り込む。舌の上で舞うように指が踊る。
「はっ……ふっ……」
引き抜かれた指先から、まるで白蓮の髪のように、銀色に光るひとすじの糸が光る。
キラキラと月明かりに照らされる。
「愛漓」
甘い悪魔の囁き。ここで引き返さなければ、もう純真な皇女には戻れない。でも――。




