1話 宮廷の秘め事
◆愛漓20歳
蓮耀国の皇女。幼い頃から白蓮に恋をしていたが、兄との情事を目撃し、背徳の罠へと堕ちていく。
◆白蓮22歳
大陸一の美しき宮廷舞神。銀髪の美青年。
愛漓を抱くために琉克に調教されているが、幼い頃から愛漓へ一途な想いを秘めている。
◆琉克30歳
容姿端麗な皇太子。妹の愛漓に異常なほど執着している。男色のため跡継ぎには、愛漓の子供をと目論む。白蓮を磨き上げ調教し、成人した愛漓を抱くよう命じる。
「もう……っ……だめ……、琉克様っ!」
「舞神のなんと淫らな姿か。はは、もっと俺を悦ばせろ」
狂った夜を垣間見たとき、全てが音を立てて崩れていった――。
ここは蓮耀国。
大陸の東方に位置し、朝焼けのような紫色の瓦と、年中咲き誇る蓮華が美しい大国。
その大国の至宝というのが、奏天雅集。皇太子・琉克の管理下に置かれた、宮廷直属の舞踊集団だ。
彼らが大陸での巡業を終え都に帰還した。後宮では噂話で盛り上がっている。
「白蓮様が朱雀門を通る所を見たのよ。なんて美しいのかしら」
侍女たちがはしゃぐ声を背に、私は胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
白蓮はわずか22歳にして、奏天雅集の筆頭となり宮廷舞神と称されている。
ひとたび舞えば、その指先ひとつで国中の人間を魅了する。
私の幼なじみであり、誰にも言えない想い人。淡い初恋の相手。
「愛漓様はご存知ですか?白蓮様が倒れたそうですよ」
「え?」
侍女の言葉に私は驚いた。今は玄武殿で休まれているという。
「長旅で疲れが出たのかしら。お兄様が無理をさせるからだわ」
奏天雅集を統括しているのは、異母兄妹の琉克。蓮耀国の皇太子だ。
そのとき、別の侍女が部屋にやってきた。
「西の大陸から珍しいお茶が届きました。疲労回復に効くそうですよ。ぜひ、白蓮様へ届けて差し上げては?」
今思えば、あの侍女の言葉さえ、すべては仕組まれていたのだろう。
その夜、茶筒を抱えこっそりと部屋を抜け出した。
向かう先は玄武殿。皇太子の別邸で、普段は入ることを禁じられている場所だ。
見張りがいない。門が開いていたのも、きっと偶然などではなかった。
そっと、扉に手をかける。
――わずかなすき間から、吐き気を催すほど濃密で甘い、白檀の香りが漏れ出してきた。
兄が好んで焚きしめる、支配の香り。
嫌な予感が、指先から這い上がってきた。
「……っ、ああ、……ん…はっ……」
熱に浮かされ、湿り気を帯びた艶っぽい声。
私が彼の声を聞き間違えるはずがない。たとえ、聞いたことのないような、溺れるような喘ぎ声であっても。
――白蓮!
私は息を殺し、吸い寄せられるように目を凝らした。
見てはいけないと理性が悲鳴を上げているのに、誰かに背中を押されているように、体はその場を離れようとしない。
月明かりが差し込む寝台。
神聖な霞色の衣がはだけ、白磁のような肢体をさらす白蓮。
その背後から無慈悲に組み敷く人影。
「久しぶりだからか、ずいぶんと熱く求めてくるではないか」
――お兄様!
次期皇帝として、威厳を増した兄の琉克だった。
「ひっ……あっ!」
白蓮の白い首筋に琉克が噛みつくと、子犬のような悲鳴が漏れる。
点々と紅い痕が、呪印のように浮き上がっていた。
兄の手が白蓮の細い腰を掴み、その指先が、秘めやかな奥へと深く沈み込んでいく。
「琉克様っ、もう……い……っ! 僕、は……っ!」
白蓮が首を後ろに逸らし、天井を仰ぐ。
嘘よ。清廉な白蓮がこんな淫らな声をあげるなんて。
嘘よ。穏やかなお兄様がこんなことをするなんて。
胃の底からせり上がる吐き気と、脳を焼くような絶望。信じていた世界が、音を立てて崩れ落ちていく。
「はは……、いいぞ。誰に見られているかも知らずに」
残酷なほど穏やかに微笑んだ声は、ハッキリと私へ向けられていた。
――まるで、これがお前の愛する男の真実だと、私に教え込むように。
カタンッ。
私が持っていた茶筒が、床に落ちて小さな音を立てた。
「――そこにいるのは、誰だ!」
白蓮の鋭い声。
私は真っ暗な廊下へと夢中で駆け出した。背後で、兄の低い笑い声が聞こえた気がした。
これが、すべてが狂い始めた、朱色の月夜。




