終章:風のなかで
海とカイ、そしてソラが村を去ってから数日が経った。 村を覆っていた「白銀の停滞」は消え去り、そこには確かな季節の歩みが戻っていた。
ナギは、村はずれの丘に立っていた。 手の中には、海から譲り受けたあの「紅葉の断片」が、今はもう光を放つこともなく、静かに乾いた一枚の葉となって収まっている。
けれど、ナギの目に見える世界は、以前とは全く違っていた。 彼はもう、目隠しの力を借りずとも感じることができた。 枯れ木を揺らす風の中に。 冷たさを増していく冬の空気の中に。 そして、自分の胸の鼓動の中に。
かつて「海」という名の少女が遺していった言葉が、今、風の音に混じって村全体に響き渡っている。
「どうしようもない運命を、美しい自由な創造に……」
それは、誰かが囁いているわけではない。 カサカサと鳴る落ち葉の音。 遠くで鳴る冬の訪れの雷鳴。 それらすべてが重なり合って、一つの旋律を紡いでいた。
「別れを出会いに、死を生に。夢や幻を、永遠の真実にするのだ」
ナギは深く息を吸い込んだ。 母を失ったことは、消えない事実だ。けれど、それは物語の終焉ではなく、彼女の愛を抱いて生きる、新しい旅の始まりだった。母の愛は、海という名の少女を通じて、ナギのなかに「生きる力」として新しく生まれ変わっていた。 死は、生の一部となり、幻だった母の面影は、彼がこれから歩む人生の羅針盤という「真実」に変わったのだ。
ふと、空高くから鋭い、けれど懐かしい鳥の囀りが聞こえた気がした。 ひばりのソラが、海の頭上で歌っていたあの旋律だ。
ナギは空を見上げ、独りごとのように、けれど確かな足取りで歩き出しながら呟いた。
「……僕も、僕の旅を始めよう。お母さんの色で、僕の心の色を染めながら」
村に流れる風は、いつの間にか冬の厳しさを、次の春を育てるための温かな約束へと変えていた。 その風に吹かれ、最後の一枚の紅葉が枝を離れ、ひらひらとナギの足元を踊るように過ぎていく。
それはまさに、大地を育てるための、新しい旅立ちの姿だった。
あとがき:風にのせて
物語はここで一度、筆を置きます。
海、カイ、そしてソラは、今もどこかの峠を越え、新しい「旅の心の色」を届けていることでしょう。彼らが歩いた後には、どんなに凍てついた冬が訪れても、春を呼ぶための温かな赤が、人々の心に灯り続けます。
もし、目の前の現実が「どうしようもない運命」に思える日が来たら、思い出してください。その悲しみは、決してあなたを壊すためのものではなく、あなたの新しい姿を、もっと自由に、もっと美しく「創造」するための火種であるということを。
風が吹いたら、それは彼女たちの旅路があなたのそばを通り過ぎた合図です。あなたの旅もまた、いのちのおのずからさに満ちた、素晴らしいものでありますように。




