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紅葉  作者: 御園しれどし


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第四章:偽りの安らぎを越えて ——スノーの物語——

「白」こそが、この世で最も慈悲深い色だと私は信じていた。


かつて私は、色彩の氾濫する街で、誰よりも繊細な心を持っていた。だが、あの日すべてを失い、灼熱の火に焼かれ、泥にまみれた時、色というものはただの「痛み」でしかなくなった。愛していた赤は血の、青は凍える水の、黄は枯れゆく絶望の象徴に変わった。


だから、私は自ら凍りつくことを選んだ。

感情を捨て、記憶を雪の下に埋め、世界をこの「完全な白」で塗り潰す。白は何色にも染まらない。何も語らない。静寂の中で、死者も生者も等しく眠りにつける、救いの色。私は峠の巫女となり、訪れる者に安らかな忘却、すなわち「冬のわびしさ」という名の救済を与えてきた。


そんな私の聖域に、侵入者が現れた。


琥珀色の目隠しを揺らし、泥にまみれた獣と、色を変えた鳥を連れた少女。

彼女たちの周囲には、私が忌み嫌う「赤」が、まるで生き物のようにうごめいている。


「お止まりなさい、ウミ。その先に、救いなどありません」


私は吹雪を呼び出し、彼女の行く手を阻んだ。冷気は音を奪い、視界を奪い、彼女の体温を削り取っていく。

「なぜ、わざわざ悲しみを運び、天地を涙に染めようとするのですか? 忘れてしまえば、人はただ穏やかな眠りの中、安らぎを得られる。愛する者を失ったあとの人生は、ただの燃えカスの再体験でしかないのよ」


私の声は、氷の刃となって彼女の魂を刻む。だが、少女は震える脚で一歩、また一歩と雪を砕いて進んでくる。

「紅葉など、散りゆく死の姿。それを『美しい自由な創造』などと呼ぶのは、自分を騙しているだけ。……ここで眠りなさい。私がすべてを白く消してあげましょう」


私は最大級の吹雪を解き放った。海を取り巻く「赤」い光が、白銀の圧力に押し潰され、小さく消えゆく。海はついに膝を突き、その琥珀色の目隠しさえも凍りついて白く染まっていった。


だが。

「……スノーさん。あなたの雪は……本当はとても温かいのね」


掠れた声。けれどその瞳(心眼)は死んでいなかった。

「あなたがすべてを白く染めるのは……誰にも、あの日のような痛みを味わわせたくないから。それは、忘却ではなく、極限まで透き通った『優しさ』そのものじゃない」


「……黙りなさい!」 私は自らの心の軋みを打ち消すように、さらに鋭く冷酷な氷嵐を解き放った。だが、海は杖を強く握り直し、懐から「紅葉の断片」を取り出した。


その瞬間、吹雪のただ中で、爆発的な「熱」が弾けた。

それは光というより、情熱の塊だった。海が握る紅葉の断片が、真っ赤な太陽のように輝き、私の領域である白銀の世界を内側から焼き裂いていく。


「迷いも、痛みも。紅葉が大樹から離れる時、それは死ではなく『大地の旅立ち』なの! もし、去った人たちが光になって大気を育てているのだとしたら……その事実から目を逸らして眠り続けることこそ、一番悲しいことだわ!」


海が叫び、一気に距離を詰めてきた。彼女の「心眼」から放たれる琥珀の光が、私の白い衣を焼き、私の心の深奥にある「凍りついた記憶」に直接触れてくる。

「見てください、この色を! これは死の色じゃない、今を生きようとする意志の色なんです。痛みがあるから、あなたのその優しさも生まれたのよ!」


私の周囲の雪が、音を立てて溶けていく。白一色だった世界に、凄まじい密度の「赤」がなだれ込み、私の頬を熱い涙が伝った。……ああ、熱い。こんなにも、この色は熱かったのか。


私は力なく膝をついた。吹雪は止み、あたりには溶けかけた雪が紅い雫となって降り注いでいる。

「……眩しすぎるわ。その色は……私が一番恐れ、そして……誰よりも求めていた色」


私は、道を開けた。

海は私に一瞬だけ微笑み、再び歩き出した。彼女の後ろ姿を見送りながら、私は自分の手を見つめた。そこには、彼女の熱によって溶け出した、かつての「自分」の色彩が微かに蘇っていた。


「行きなさい、巡礼者の少女。……あなたの運ぶその『赤』が、いつか私のこの冬をも、春へと繋いでくれることを……今は、少しだけ信じてみましょう」

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