幕間:薄明の休息 ——天地を涙にする雨——
秋の終わりを告げる、細かな雨が降り始めていた。 それは地面を濡らすというより、大気そのものをしっとりと重く、銀色に染め上げるような霧雨だった。
「カイ、ソラ。少し休みましょう」
海が声をかけると、一行は大きな岩の張り出しの下、雨を避けられるわずかな空間に腰を下ろした。 岩肌には、雨に濡れていっそう色を深くした蔦が絡まり、まるで血の通った血管のように紅く脈打っている。
1. 共有される温もり
カイは海のすぐ隣に座り込み、自分の大きな体を彼女に預けた。濡れた毛並みから立ち上る、獣の野性味のある温かな匂い。海はその首筋に手を埋め、冷えた指先を温める。 ソラは海の肩から、カイの耳の柔らかな毛の中へと潜り込み、小さな羽を休ませた。
「……不思議ね。雨の音を聞いていると、世界が泣いているみたい」
海は琥珀色の目隠し越しに、雨の降る方向を見つめた。 心眼に映るのは、単なる雨粒ではない。空から降ってくる無数の光の滴。 それは、大地に還ろうとする命たちの、名残惜しい涙のようにも見えた。
2. 「初めてお会いした人」への便り
海は、懐から一通の古びた便りを取り出した。それは一本の大樹の根元で見つけた、ナギの母・シオンが遺したものだ。 便りには、彼女がかつて旅先で出会った「一人の女」について、そしてその人の訃報を聞いた時の心の震えが記されていた。
「不思議な出会いだった。生きていると、いのちのおのずからさが、どこからともなく、みちみちてきている……」
海はその一節を指先でなぞった。文字は読めなくても、紙に残された指の跡から、彼女の「心の色」が伝わってくる。
「シオンさんも、こんな雨の日に、誰かのことを思い出していたのかしら」
シオンがかつて経験した「別れ」という運命。それが今、この雨と紅葉を通じて、海という新しい旅人へと手渡されている。 詩が語るように、旅は、旅人が去ったあとにこそ、その人への思いを深めさせるのだ。
3. 紅葉の光で灯す火
海は、手の中の「紅葉の断片」をそっと握りしめた。 すると、その小さな葉から、焚き火のような柔らかな橙色の光が漏れ出し、三人の周囲を温かく照らし始めた。
それは「幻」かもしれない。けれど、海にとっては、どんな宝石よりも「永遠の真実」に近い輝きだった。
「カイ、ソラ。私たちが運んでいるのは、ただの葉っぱじゃないわ。誰かが誰かを想った『時間』そのものなのね」
カイは同意するように低く喉を鳴らし、ソラは微かな囀りで海に応えた。 小雨の音に混じって、どこからか「いのちのみちみちてくる」気配がした。 冬がすぐそこまで来ているというのに、この小さな雨宿りの場所だけは、春のような慈しみに満ちている。
4. 旅のさだめをうつして
やがて、薄明かりの空が少しずつ深い闇へと沈み込んでいく。 雨は止まず、紅葉は紅葉になりきり、時は確実に秋から冬へと向かっている。
「さあ、出発しましょう。夜が来る前に、峠を越えてしまいたいわ」
海は立ち上がり、杖を突いた。 雨に濡れた紅葉の葉が、海の足跡を追うように一枚、また一枚と風に舞う。 それは、これから出会うナギという少年の心に灯る、新しい希望の火種を運ぶための、静かな行進のようだった。




