第三章:空の断片 ——ソラの物語——
私はかつて、この空のすべてを知っているつもりだった。
朝靄に濡れる森、黄金色に輝く麦畑、そして高く昇るほどに透き通る青。私の喉からは、世界を寿ぐための歌が絶え間なく溢れていた。けれど、あの日。大樹がなぎ倒され、森が焼けた灰の雪に覆われた時、私は歌を失った。
私の翼は折れ、誇りだった羽は焦げ付き、ただ地面を這いずるだけの憐れな塊となった。空を見上げれば、そこにあるのはかつての美しい記憶の「幻影」だけ。私は必死にその幻を空中に投影し、失われた故郷の影を追い求めた。けれど、影は実体を伴わず、私を癒すどころか、私の残った命を蝕んでいった。
「もう、飛べない……」
絶望の淵で目を閉じた時、温かな「手のひら」が私を包み込んだ。
それは、琥珀色の目隠しをした少女、海だった。彼女の指先から流れ込んできたのは、見たこともないほど深く、激しい「赤」い熱量だった。
「小さな歌い手さん。その幻を、私に貸して」
海が囁くと、私の投影していた故郷の幻影が、彼女の心眼の光と混ざり合い、全く別の姿へと変容し始めた。消え去った森のざわめきが、未来を祝福する「旋律」へと編み直されていく。失われた過去の美しさが、いま、この瞬間を照らす「希望」へと姿を変えたのだ。
「悲しみを閉じ込めるのではなく、それを新しい歌に変えて。あなたの翼は、もう一度空を掴むためにあるのよ」
海の熱が私の心臓を打ち、折れていた翼に力が宿る。不思議なことに、焦げ付いていた羽は、抜けるような青と、紅葉のような鮮やかな赤が混じり合った、不思議な色彩へと輝き始めた。
私は海の手のひらから飛び立った。
空は、以前よりもずっと広く、深く、命の光に満ちて見えた。私は天の導き手として、彼女たちが歩むべき道を空から指し示す使命を授かった。私の名は「ソラ」。彼女の頭上で、かつて失った歌を、もっと強く、もっと優しい新しい歌として響かせ続けるのだ。




