序章:大地の旅立ち
この物語は、一本の枯れ木と、一枚の紅い葉から始まります。
かつて、すべてを飲み込む大きな「波」が世界を襲いました。形あるものは壊れ、愛する人々の姿は消え、残されたのは「どうしようもない運命」という名の冬のわびしさだけでした。
けれど、旅人は知っています。姿が消えたところに、あたらしい姿が生まれていることを。別れが、目に見えない絆という新しい出会いへと形を変えていることを。
これは、自分の目を琥珀の布で覆い、失われた命の光を掬い上げる少女「海」と、彼女に寄り添う大地と空の守護者たちの物語です。あなたが今、もし悲しみの中にいるのなら、どうか耳を澄ませてください。そこには、天地を涙にし、世界を慈しみで満たそうとする「紅葉」の歌が流れているはずです。
序章:大地の旅立ち
その少女の名は、海といった。
晩秋の柔らかな陽光が降り注ぐ「小春日和」。山の小道は、幾重にも重なった紅葉の落ち葉で真っ赤な絨毯を敷き詰めたようだった。カサリ、カサリと、乾いた葉を踏みしめる音が静かな山あいに響く。
海は、その美しい色彩を肉眼で見ることはできない。彼女の目は、琥珀色の柔らかな布で深く覆われている。しかし、彼女の手が握る紅葉の木で作られた杖が地面を叩くたび、彼女の「心眼」には、世界が燃えるような輝きを持って浮かび上がっていた。
「……カイ、そこに大きな根っこがあるわね?」
海のすぐ横を歩く大型の雄犬、カイが短く「ワン」と応えた。カイの背中は温かく、その足取りは大地をしっかりと掴んでいる。彼は海が失った「確かな地上の感覚」そのものだった。
そして海の頭上、抜けるような青空を背景に、一羽のひばりが輪を描いて舞っている。雌のひばり、ソラだ。ソラは時折、高く鋭い声で囀る。
海の手の中には、一枚の不思議な葉が握られていた。それは、あの海岸線にポツンと生き残った「一本の大樹」から授かった、光り輝く紅葉の断片。かつて津波にのまれた一人の女性・シオンが、最期に我が子を想って遺した「旅の心の色」である。




