第八話 次男の暴走と、公爵の自滅への一手
裏帳簿の確保や、さまざまな情報の確保から数日後。
マリアンとソフィアは、他の姉妹たちの中で特に機転の利く二人、五女アリアと四女エレナを呼び出し、計画の核心を打ち明けた。
五女アリアは、七人の娘の中で最も容姿端麗で、父から社交界での飾りとして扱われていたが、その裏で、男性の心理や人脈の機微を読むことに長けていた。
四女エレナは、目立たないが記憶力と集中力に優れ、屋敷内の小さな雑用や伝達を正確にこなす縁の下の力持ちだった。
「エルドリア兄様のお力を借りるには、『公爵家の名誉を守るため』では不十分。父上が私たち女性陣に『危害を加える』という証明が絶対に必要なのです。そのとき、兄様は私たちを守ってくださると」
マリアンは冷静に説明した。そしてそのあと、視線を落とした。
「本当は、兄様を焚きつけるために行動するなど、したくはないのですが……」
マリアンの肩をそっと抱いたのは、次女カサンドラだった。
「あまり、ひとりで、かかえこまないで。わたしたちは、姉妹、だから。エルドリアさまも、兄様、だから」
彼女は学術と書物の専門家だ。 幼い頃から家の中で膨大な書物に囲まれて過ごし、古文書や家系図、歴史的背景に詳しい。人との交流は苦手だが、驚異的な記憶力を持つ。彼女が裏帳簿を完全に解読すれば、そのとき本当に、『公爵家の不正会計』は正義のしるしとなる。
そして次に口を開いたのは六女フィオナだった。
彼女は通信と情報伝達の専門家だ。 使用人や屋敷外の業者との間で、極めて迅速かつ秘密裏に情報をやり取りする『情報網』を構築・維持する。公爵領内の流通業者との情報を掌握し、不正の再発防止と情報収集の要となる。
七人姉妹の手で、不正に関するさらなることが明らかになった。
「父上の不正の協力者は、公爵領外の『ラング商会』です。父上は今、次兄を介して、この商会との取引で私腹を肥やしています。私たちが次兄に仕掛けた『青い石』の噂は、次兄の浅はかな野心に火をつけた。しかし、火をつけただけでは不十分。その火を『爆発』させ、父上とラング商会との関係を破壊させなければならない」
マリアンは長姉ヘンリエッタとアリアを見つめた。アリアは優しく、そして女性までも魅惑するほどの翡翠色の瞳でマリアンを見つめた。
五女アリアは優雅に微笑んだ。「つまり、私の力を使う番、ということね。男性は、私が少し微笑むだけで、大抵の秘密を口にしますから、適任でしょう」
「ええ、アリア姉様」マリアンは頷いた。
「次兄に付いているラング商会との窓口役である男爵補佐官に接近していただきたいのです。そして、青い石は、公爵様ではなく、次兄様が秘密裏に独占するつもりだという情報を、彼らが裏切られる恐怖とともに流してほしいのです」
アリアの美貌と巧みな話術なら、男爵補佐官の警戒心を解き、商会側に『公爵家内部のへの疑心暗鬼』という致命的な種を植え付けることができる。
ヘンリエッタは少し離れたところから人脈の全貌や人間関係を把握してもらうため、行動してもらうことになった。
「いいよ。わたしは一番背が小さいから、うろちょろしていても誰も警戒しないだろうしね」と小さい胸を張った。
ヘンリエッタは長姉でありながら、七人姉妹の中で一番容姿が幼かった。だからこそ、こういった『潜入捜査』などのときは、誰よりも頼りになる。
一方、エレナには、この情報が流れた後の次兄の『指示書』を監視してもらうことになった。
「エレナ姉様。次兄は必ず、焦ってラング商会を出し抜くための新たな指示書を作成します。姉様には、その指示書が父上の知るところとなる前に、その偽造の痕跡を見つけ写しを取るか、あるいは、指示書自体を遅らせる工作をしてほしいのです」
エレナは控えめに微笑んだ。「人目につかないところは慣れています。書類に関することなら、私にまかせてくれていいですよ、マリアン」
姉妹の連帯は、機能的で、役割分担は完璧だった。父が見下した女性たちの『目立たない能力』が、今、計画の核となって動き始めた。
翌日。アリアは、公爵邸の夜会で、ターゲットであるラング商会のひとりに接近した。
「まあ、ラング商会様。お顔色が優れないようですが、いかがなさいました?」
男は、ハイゼンベルグ家最高の美貌に声をかけられ、慌てふためいた。
「えええっと、お恥ずかしいところをお見せしました。ハイゼンベルグ様。実は仕事が忙しいものでして……」
「あらあら、それは大変ですね。とくに、『辺境の魔鉱石事業』など、人手も資金も必要でさぞお忙しい事でしょう」
アリアが囁くように話すと、男はたちまち彼女の魅力に引き込まれた。
アリアは、世間話のフリをして、公爵様が鉱山に関心を失い、その隙を次兄が狙っている。魔鉱石の話は本当だが、公爵様はまだその価値に気づいていない、という噂を、男が自分で気づいたかのように巧妙に誘導した。
男は青ざめた。彼らは公爵と密約を結んでいるはずが、その息子に横領され、自分たちが梯子を外されるかもしれないという恐怖に襲われたのだ。
ヘンリエッタは晩餐会の中で人懐こい笑顔で場を和ませ、かつ確実にその様子を確認し「マリアンのいうとおりだったよ」と満面の笑みで伝えた。
数時間後、その情報はラング商会本店へと伝達され、彼らは即座に公爵との取引を停止し、次兄の行動を監視する体制に入った。
そして、焦りに駆られた次男は、エレナの監視下で、父に報告するよりも先に、ラング商会を出し抜くための**「鉱石輸送ルートの強引な変更」**を命じる指示書を作成した。エレナは、その指示書の控えを、気づかれることなく、ソフィアに渡すことに成功した。
次男の独断による輸送ルートの変更は、ラング商会との間で大きな衝突を引き起こした。商会は、裏切りに激怒し、公爵との取引を全面的に停止。さらに、公爵が公的な資金を不正に使用した証拠を掴んでいると、公然と脅しをかけてきた。
公爵は激怒した。彼の秘密の収入源が絶たれ、長年の不正が外部に露見する危機に晒されたのだ。
「次男め! この役立たずの裏切り者めが!」
公爵は、執務室で家具を叩き壊し、激しく吠えた。彼は、次男が単独で暴走したと考えたが、なぜラング商会が公爵家の秘密の計画の詳細を知り得たのか、という疑問に突き当たった。
「誰が情報を漏らした!? この屋敷にいる女どもか!? あの雌犬どもが、私に逆らうつもりか!」
公爵の怒りの矛先は、すぐに最も侮蔑し、警戒していないはずの女性陣に向けられた。彼は、彼女たちがこの件に関与している確たる証拠は持っていなかったが、彼の心の中で身勝手に、女性陣は『秘密を知る厄介な存在』へと変わった。
その夜、公爵は最も信頼する老執事を呼びつけ、冷たい声で命じた。
「あの娘ども、そして雌犬どもを、今すぐ監視させろ。特にマリアンとソフィア。もし、『我が家の秘密』について外部に一言でも漏らそうものなら……容赦はしない。殺してしまえ!」
その命令は、『女性陣を殺害しろ』という、明確な命令だった。
その情報を、老執事の動きを監視していた四女エレナが、命の危険を顧みずに、マリアンへと伝えた。
「マリアン……父上が、私たちを……『口を開かせないようにする準備』、つまり、私たちを殺す準備を始めたわ」
これで、マリアンの計画は最終局面を迎えた。父は、自らの不正を隠すために、家族を殺そうとしているを加えようとしている。
マリアンは、七人姉妹が必死に集めた情報と証拠を長兄アンダーソンと三兄エルドリアに渡すべく、夜の闇の中を駆け出した。
(つづく)




