第三話 武人の誓いと妹の涙
マリアンが計画の全てを語り終え、部屋の扉に手をかけた、その瞬間だった。
「待て、マリアン」
アンダーソンの声は、先ほどまでの厳格な武官としての響きを取り払い、兄としての優しさがにじんでいた。
マリアンは振り返る。長兄は立ち上がりマリアンのそばに近寄ると、しゃがんでマリアンの瞳を優しく見つめた。
「お前は、今、極めて冷徹な理屈と、緻密な戦略を私に語った。まるで、感情を捨て去った軍師のようにだ。だが、私の知るマリアンは、誰よりも優しさを尊ぶ末娘だ」
アンダーソンは、静かに問うた。
「お前が部屋に入ってきた時、その背中から、私は炎を見た。あの怒りを、お前は、ただの『正義の剣』という言葉だけで押し殺せるはずがない。……まだ、言い残したことがあるのではないか?」
マリアンの張り詰めていた心が、彼の優しい問いかけによって、音を立てて崩れ去った。
彼女は、理性で武装していた仮面を剥がされ、衝動的に扉から離れ、アンダーソンの胸に飛び込んだ。
「兄様っ……!」
アンダーソンの制服を、マリアンは両手で強く握りしめた。これまでの人生で、父から求められたことも、与えられたこともなかった、『家族の温もり』が、そこにあった。
「悔しい、悔しいんです……!」
マリアンの声は、嗚咽に変わり、震える体を止められなかった。
「父上は、まるで私たちが人間ではないかのように! 母上たちが、生きた道具であるかのように! あんな言葉を! あんな軽蔑を……! 私は、私は、それを一生許せない……っ! 兄様、仇を、仇を取ってください……!」
冷徹な計画を語っていた少女は、今、ただの傷つき、泣きはらす末娘として、兄の胸で泣き崩れていた。
長年の孤独、無視された屈辱、そして愛する母への侮辱。
そのすべての感情が、アンダーソンの制服を濡らす熱い涙となって流れ出た。
アンダーソンは、公爵家の規範や体裁など、全てを忘れ、ただ一人の優しい兄として、妹を抱きしめた。
「ああ、マリアン。よく堪えてきたな。よく、私に話してくれた」
彼は優しく、力強くマリアンの背を叩いた。
「お前の怒りは正しい。父上の行いは、ハウゼンブルクの武人の誇り、その根幹を冒涜している。私はお前の計画に乗るのではない。お前の正義にこの手を貸すのだ」
そして彼は、妹の耳元で、武人の誓いを立てた。
「安心して、剣を取れ、マリアン。もし、お前たちの計画が露見し、公爵家やお前たち姉妹、母上方に危機が及ぶようなことがあれば――私は公爵家の長男としての地位も、武人としての名誉も、この命さえも捨てて、お前たちを守り抜く。本当にすまなかったな」
アンダーソンは、マリアンが泣き止むまでその小さな背中をゆっくりと撫で続けた。
「私が、この家を守る最後の砦となる。お前たちは、後ろを気にすることなく、ただ前へ進め」
マリアンは、兄の強く確かな腕と、揺るぎない誓いの言葉に、再び立ち上がる力を得た。
涙を拭い、長兄の胸から顔を上げた彼女の目には、もう悲しみはなく、ただ、復讐を完遂させる強い意志の炎だけが輝いていた。
この計画は、単なる復讐ではなく、ハウゼンブルク家を蝕む『毒』を排し、家族の絆を取り戻すための、聖戦となったのだ。
(つづく)




