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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ウント突き

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやはよ、ふとした拍子に胸がずきんと痛むことないか?


 ――そんな発作があるなら、病院にいっとるわい?


 ほ~、本当にそうか?

 慢性的な症状ならともかく、突発的にやってきた一発なんか「あれ、どうしたんだ? いやたまたまだよな、たまたま」とスルーするもんじゃないか?

 俺だったらスルー一択だね。完璧に思われる人にだってヒューマンエラーがあるように、しょっちゅう働いている体にだってボディエラー? みたいなことが起こってもおかしくないはずだ。

 たまたま都合が悪かった一発など、まぐれ当たりの仲間と思い、捨ておく人が大半じゃないかと考えるがね。

 日々のやりたいこと、やるべきことを、ひょっとしたらなんともないことに乱されたいか? 自分ならば大丈夫というバイアスかけてでも、任務続行て感じだろ?

 でも、この胸の痛みについて、最近すこし妙な話を聞いたことがあってな。よかったら聞いてみないか?


 友達の地元には、「ウント突き」と呼ばれる風習みたいなものが伝わっているらしい。

 ウント、というのは外から伝わってきた言葉だというのが有力だが、本当のところははっきりしない。大陸よりの渡来人だかが持ってきたのだろうか。

 で、そのウント突きの開祖は力のある神職にして、胸を病んでいたとのことだ。唐突に、胸の内へ走る激痛がおよそ数拍。それが過ぎると痛みはぴたりとやんで、元の調子が戻って来る。

 痛みそのものは発生すると、まともに動くことができずに、その場でうずくまらざるを得ないほど。重症かとまわりの者が心配すると、これまた出し抜けに回復する。本当に病なのか、演技ではないのかと、はた目には疑惑がちょこちょこと湧くような仕草だ。


 そうして苦しみ続けた開祖は、あるとき住まいの近くにある森の中を歩いたおり、一本だけ、黒々とした肌を持つ木を見つけたのだそうだ。

 色だけではない。その木は体全体を断続的に短く震わせていたんだ。それはちょうど、開祖の胸のうちより鳴る鼓動に、ぴたりと合う拍子だったという。

 と、にわかに木の幹がわずかに、ぎゅっとすぼまるのを開祖は目にした。見えない大きな手が、木の幹を左右から強く握ったかのようだ。

 同時に、開祖の胸のうちに、何度も感じた痛みが走る。前触れなくやってきて、わずかなあいだ自分を苦しめたのちに去っていく、あれだ。そして痛みがおさまったときには、例の木の幹もまた元の状態に戻っていたという。


 ――この木が、何かしら自分とつながっているな。


 そう判断した開祖は、いちど幹へ手を置いてなぞっていき、様子を探ったかと思うと、懐にしまっていた小刀を抜き、幹へ突き立てたんだ。

 刺したのは、木に小さく空いていた「うろ」のすぐ下だった。刃が突き立つと、うろからはすぐに幹そのものと同じ色をした、黒々とした液体があふれ出す。

 開祖はそれを、避けずに浴びた。小刀はこの液体を浴びるや刃から柄に至るまで、たちまちのうちに溶けてなくなってしまう。うろはそののちも、がぼがぼと液体を吐き続け、開祖の身体は汚れ続けるも、やがては勢いに衰えが見え始めた。

 幹が液体をすっかり吹き出すのをやめてしまうと、そこにはもはや黒々とした木の姿はない。周囲の木々と変わりない色合いをした一本がそびえているばかりだったという。

 開祖はそれよりのち、数年は胸の痛みに悩まされることはなかったようだが、じきに再発。そのたび木々を見てまわり、黒い木を見つけては小刀を深々と刺し、回復していったそうだ。


 これだけなら、開祖の一族だけが知っていそうなものだが、彼の晩年には同じような症状に悩まされる老若男女が増えていたそうだ。その対処法もまた、開祖のそれと同じように黒い木を探し、刃を突き立てて液体を浴びることと、同じだった。

 しかし、厄介なのが黒い木は当人でなくては認識できないらしいということだ。認識した上で当人が刃を突き立てることで、症状をおさえる液体を浴びることができる。この液もまた当人にしか黒々とした色との判断がつかないようだ。

 この対処法が、やがて「ウント突き」と呼ばれるようになり、医療が発達するより前に広まったひとつの療法となったという。


 こいつは時間の流れとともに、症状を発する人が少なくなっていったが、皆無となったわけでもなく、名が伝わるくらいには知られていた。

 俺自身は経験がないが、親父は11歳のときに体験したといっていたな。

 話に聞いていた通り、すさまじい胸の痛みが突然くるんだそうだ。悲鳴をあげることさえ許さない、鋭い心臓への一打ち。吸血鬼が杭を打ち込まれるとか、このような感じなのだろうか……などと、必死に耐えているとぴたりとウソのように止む痛み。

 最初、話したようにバイアスかける父親は、まさか自分がウント突き対象になったとは考えていなくてな。たまたま偶然と思っていたところ、引き続き同じような痛みがやってきて、スパンも短くなってくる。自分はかまわなくても、周りにかまわれるという始末だ。


 そのため、親父も例の木探しをする羽目になる。

 かつて開祖がウント突きを行った一帯の森は、開発が進んだ現代でも特別に保護されているようでな。開祖以降の人々の木も、一本の例外もなくその一帯の森の中から発見されたとのことだ。

 親父も渡された小刀片手に件の森へ向かい、首尾よく黒い木の一本を見つけて、自分の胸痛との連動を確認。うろもまた、親父の届く位置にあって、その下へ小刀を「えいや」と突き立てたんだ。


 話に聞いていた通り、うろからあふれてくるものがある。しかし、そいつは液体とは思えなかった。

 流体と見間違えるくらいの、ネズミとコウモリのあいのこのような者たちが身を寄せ合い、親父へ向けて殺到してきたんだ。

 もとより、よけずに浴びるように指導されてきたから、満足に回避動作も取れない。耳元に響き続ける「キイキイ」という声を聞きながら、親父は不詳の生命体の流れをどっと全身に浴びた。

 時間とともに勢いは衰えると聞いていたが、その流れはピタリと止まる。はっと親父がまわりを見た時には、もうあの生き物たちの姿はなかったという。刺していた小刀は、これもまた言い伝えのように完全に消えることはなく刺さっていたものの、刀身は元の銀色を失ってすっかり黒ずんでいたそうなのさ。

 親父の例を最後に、ウント突きの対象者はいまのところ、新しくは現れていない。

 親父の体験が特別なのか、言い伝えが歪んでしまったのかは分からないが、これから先に対象者が現れるとして、何が起こるのだろうな。

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