第7話 白馬の騎士
祝福――それは神々から人に授けられた才能。ただ、人は一生をかかってしても、その才能を開花させることは稀だった。神々から愛された才能も、本人の努力、あるいは幸運無くしては目覚めることはなかった。
私の『賢者』の祝福は、人が授けられた祝福を目覚めさせることができるのだ。なぜ賢者にそんなことができるのかって? 理由なんて知らない。シャルデラの鑑定結果であるスクリーンを覗けば、そこに『魔術師』と書いてある。私はただ――祝福あれ――と宣言するだけでいい。
立ち上がったシャルデラは子供たちを追う。追いつくとすぐさま、魔術の詠唱を始める。
祝福というのは技術の継承なのだそうだ。昔、誰かが学んだ技術。それを祝福として後世の者に授ける。それが祝福。顕現されるとかつての持ち主がどうやってその技術を使っていたか、為すべきは何か、全てが理解できるようになる。その瞬間から。
「眠れ!」
シャルデラの詠唱は吟遊詩人には気付かれなかった。列の先頭で二本菅の笛を吹き鳴らす男は、シャルデラの詠唱の完成と共に地面へと突っ伏した。前方の子供たちも巻き込まれたけれど、魅了がかかっていたこともあってか、ゆっくりと座り込むように眠りに落ちた。
「あっさりとしたものだね」――シャルデラの横に並び立ち、声をかけた。
「シャー…………これって何?」
「私、賢者なの。シャルの祝福が見えたから……他に手が無くて」
「ううん。ありがとう。よかった」
ごめんね――小さく呟いた。何か特別な力を得ると人は変わってしまう。祝福というだけあって、善い方に変わることがもちろん多い。だけど、人によっては道を誤ることもある。
そして……彼女が『勇者』じゃなくてよかった。勇者は必ず魔王を倒す物語に巻き込まれる。この世界での成人は15歳だったけど、二十歳前の子供が、そんな重荷を背負って戦うことになるのは、いつの生まれ変わりの時も見ていられなかった。
◇◇◇◇◇
吟遊詩人の男は、彼の荷物の中から縛れるものを探し出して腕を後ろ手に縛り、さらに足首を縛った紐に結び付けておいた。何しろこっちは子供だ。ロープの結び方は知っていたが、腕力の差もあるし縄抜けだってできるかもしれない。余裕がないので苦しくても我慢してもらいたい。
ドドッ、ドドッ――と、馬の駆ける足音が聞こえた。私はその一団に目を見張った。
(白馬の騎士さま!)
起伏のある丘を、白い馬に乗った鎧の男がやってきたのだ。上げた面頬の奥に覗く顔は若々しく、タバードはガルトの所属を示していた。昔は白馬の騎士に憧れた。そんな恋人が私にもできると思ったから。
しかしなぜこんな山村に騎士が居るのか。彼は、もう一頭の馬に乗った従者らしき者を従え、その従者の後ろには村の猟師が乗っていた。
やってきた騎士は問う。
「皆、無事か!? 人攫いと聞いた」
「はい、みんな無事です。人攫いは魔術で眠らせました」
はきはきと答えるシャルデラは、少しだけ大人びているように見えた。
「魔術を? 君がか?」
「はい、シャーが――」
「シャルは魔術師の祝福に目覚めたんです」
シャルは目をぱちくりして私を見る。私のことは表に出さなくていい。祝福を顕現させる賢者のことなんて、これまでの経験からして世に知られない方がいい。そんな力を持っているとバレたことが原因で死んだのは一度や二度じゃない。
「それは喜ばしいことだ。おめでとうシャル。地母神様の祝福をお祝いする」
「あ、ありがとうございます」
頬を赤らめるシャル。
(うん、女の子らしくてかわいいな。前世なら、写メして家宝にする)
「私はジャン=ソール・アフ・バリン。ガルト領主の命により、隊商の護衛と治安の維持を任せられた。詳しい話を聞かせて欲しい」
私は進み出るとスカートを摘まんで首を垂れ、答える。
「お初にお目にかかります、ジャン=ソール卿。その男、魔法使いを名乗っておりましたが吟遊詩人です。呪歌を使って子供たちを魅了し、攫おうとしていました」
私が首を垂れると、シャルデラも慌てて頭を下げた。まあ、こういう連中は平民が遜らないと機嫌を悪くするやつも多い。無礼を働いたと言われて死んだのは一度や二度じゃ……。
「なるほど。娘、名は?」
「シャーと申します」
「もしかすると、目印を残していったのも君か?」
「シャルではなく……ですか?」
「ああ」
確かに裏白と呼ばれる類の木やシダを、見つけては折って裏返したり、落としたりしてきた。村の猟師ならすぐに見つけるだろうから。ただ、あまり賢く立ち回ると目を付けられることも多い。白馬の騎士への憧れよりも、私は現実的な選択を選んでしまう。
「村の猟師に教わったことを行ったまでです。それよりもジャン=ソール卿、もしかするとこの先の街道で、この男の仲間が待っているかもしれません。ひとりではこの人数を連れ去ることは難しいです」
そう言って先を指差す。
「わかった、信じよう。コクナン、子供たちは任せたぞ」
コクナンと呼ばれた従者に指示を出すと、馬を回して先に進もうとする。
「お待ちください、ジャン=ソール卿! 私もお連れ下さい! きっとお役に立ちます」
そう言って駆け寄るシャルデラ。彼女はまだ小さいけれど、魔術師としての立ち回りは祝福が教えてくれるだろう。
「魔術師の祝福持ちの支援はありがたいが、自分の身は護れるか?」
「もちろん」
そう言うと、シャルデラは障壁の呪文を唱えた。ジャン=ソール卿は彼女をひょいと引き上げると、馬を走らせたのだ。
(我が幼馴染……幼いながら、やりおる……)