第4話 水魔法
「シャー? 起きてる? 都から来た行商、見に行こうよ」
シャーとは、生まれ変わった私についた名だった。とかく田舎の農村部の人々は短く覚えやすい名前を付ける。加えて、同じような名前ばかり付けたり、何か流行るとそれにちなんだ名前ばかり付いたり。私が生まれた家もそんな家だった。アルとメラの二人の間に生まれた女の子。それが私だ。今はもう10歳。無難に、平和に暮らしていた。
「起きてるよー。都? 王都?」
「そんな遠くから来るわけないでしょ。ガルトからよ」
ガルトというのはここから四半月ほど旅したところにある大きな町で、戦乱の世の中を生き延びている古い町だ。帝国の時代から残ってるのを何となく覚えていた。ちなみにこの辺の人たちには一週間という概念がない。みんな、七日のことを四半月と呼ぶ。加えて暦は太陰暦。月の満ち欠けに合わせて生活する。月はまた、豊穣の女神の象徴だから。
「だよね……。あんまり興味ない。シャルだけで行ったら?」
目の前の長い金髪をツーテールにした女の子――シャルデラは城塞都市生まれだった。私みたいに短い名前ではないけれど、愛称が被るのでシャルと呼ばれていた。シャルは田舎に引っ越したから余計に都の情報に触れたいのだろうけど、私としては今更だった。
「シャーが前に言ってた、魔法使いもいるよ?」
「うっそ、マジ? 来てるの!?」
「また変な言葉使って。――うん、魔法を教えてくれるって」
「行く行く! ちょっと待って」
「ちゃんと長靴下穿いてね。裸足は恥ずかしいんだよっ?」
「わかった、わかった」
この異世界では、素肌を晒すこと以上に爪先を晒すことが恥ずかしいとされていた。日本で暮らしていた私にはよくわからないけど、昔、ペディキュアみたいに足の爪に紅を塗ったら、娼婦か!――って同じ女の子に怒られたことがあった。
◇◇◇◇◇
村の広場には小さな市が立っていた。近隣の山奥の集落からも、この小さな市を目的に大勢の人が集まっていた。もちろん、大きな町ほどじゃない。けど、この山奥の村には大イベントだった。
「これが水魔法。子供たちはまず水魔法から覚えような」
都から来たという魔法使い…………魔法使い?? 何か齟齬があったけど、魔法使いは村の子供たちに魔法を教えてくれた。こんな辺鄙な村では魔法を教えてくれる知識階級は稀だった。魔女というのは居たけれど、どちらかというとあれは村の祭司だ。神社の神主さんみたいなもの。村の決まり事を決めたり、開拓する森を占ったりする。
「(水魔法? そんな名前だっけ……)」
私は呟いたが、周りは大人も含めて魔法使いの言葉を特に気にした様子はない。
客寄せに雇われた大道芸人に混じって、その魔法使いは子供たちに魔法の呪文を教えていた。魔法で水を作り出し、その水を飛ばすだけの魔法。魔法の呪文だけで使える魔法に、私の記憶は何かの違和感を感じたけど、魔法を使えるようになりたい私は、それでも頑張って覚えた。
「――ヴァトンスカスタリ!」
呪文の最後の言葉と共に、水の球が放たれる! 水弾は木をへし折り、岩を砕き、周囲の大人は目を丸くする!――なあんてことになれば私はラノベの主人公になれるのだろうけど、そんなことにはならない。水の球は粗石積みにぶつかって消える。魔法で作られた水は存在そのものが消え、濡れた跡さえ残らなかった。
「すごい!」
だけど褒めてくれる者が誰も居なかったわけじゃない。シャルが、子供たちの中ではいちばんに水魔法を成功させた私を称えてくれた。
「でしょお?」
「魔法魔法っていつも言ってるだけあるね!」
「そんなに言ってるかな」
「言ってるよ。シャーは将来魔法使いだね」
皆がまだ教わってる間に、魔法が使えるようになって調子に乗った私は水魔法を使いまくった。ただ、その水魔法は一言一句間違えてはならないので、小説の主人公のように臨機応変に改造することはできなかった。無言で放つこともできなかったし、念を込めたりして強くすることもできなかった。そして私は突然、ぶっ倒れた。