第1話 賢者イズミ
「イズミ! 魔王の弱点を! 早く!」
女勇者エイワスとその一行は、魔王アスターが拠点とする帝国南部の山城に攻め入っていた。その山城に巣食う魔物を退け、ついに魔王アスターを追い詰めた勇者たち。
勇者エイワスは美貌の女戦士であり、戦神の祝福を得た勇者であり、魔術も学んだ凄い子。まだ二十歳前なのに強い上に恋仲の相手まで居る。羨ましい! そしてその彼女を支えるのが戦士デロウズ。筋肉の塊のような巨漢だけど、もともとは細身の頼りなさげな男だった。
魔術師カンはとても魔術師には見えないのんびりした男。けれどあるとき魔術師の祝福に目覚め、高等魔術を使い始めた。剣士ハイトリンはエルフの女の子。最近はカンに魔術を教わって高等魔術と剣技の両方を祝福も無しに使い始めた天才。狂戦士ガストロは北方蛮族。最初は敵だったけれど、少年漫画よろしく今では旅の仲間。
しかしアスターも魔王と呼ばれるだけあって、エイワスたちの猛攻を以てしても倒せない。
「エイワス! アスターは異界の鎧の力で無限の力を得ている!」
そしてイズミ――こと私、金城 泉は、何を隠そうエイワスたち勇者一行を見出した『賢者』なのだ。賢者は人には知ることのできない知識を得る『鑑定』の力を使うことができる!
「無限の!? どうすればいいの!」
「魔王の背後にある大きな絵画よ! そこには星界の海から繋がる時空の穴がある! それを貴女の聖剣で断ち切れば魔王の力は失われる!」
「アスト……なに? ワーム……??」
「いいからぶった斬って!」
「わかった!」
魔王は危険を感じたのか、エイワスに向かって熱線を放つ円盤を投げつける。星界の海からの力はこの世界でも常識外れ。けど、エイワスの勇者の力も負けていない。一瞬、その姿が熱線に飲み込まれたかと思ったら、彼女は既に魔王の背後にいた。残像だ!――なんてキザな台詞は、彼女たちはいちいち吐かない。
斬り裂かれた絵画は、断末魔と共におどろおどろしい叫び声をあげる顔に変わる。映画とかでよく見るやつ。けど、この絵画に隠された時空の穴だって彼女の聖剣でなければ断ち切る事はできやしないだろう。
おのれ小娘め!――なんて、ラノベの悪役なら言うのかもしれない。だけどその魔王は無言で、何の前触れもなく放ったのだ。突然空中から現れる指向性粒子を。それも戦力外の私に向かって。
◇◇◇◇◇
『オー、賢者ヨ。死ンデシマウトハ何事ダ』
再び、私が目覚めたのは真っ白い空間。天光の間というらしい。アルビノではなくアルベド。言葉は勝手に私の知っている日本語に翻訳されるけど、カタカナ文字は女神さまの配慮で近い外国語でそれっぽく翻訳してくれている神々の知識。そしてその女神さまというのが、この目の前にいる白いぽよぽよだ。
『白いぽよぽよとは失礼な』
「失礼なのはそっちでしょ。人が死んだってのにバカにして……」
白いぽよぽよは豊穣の女神、或いは地母神としてこの世界に知られている。ぽよぽよしたものを体中にぶら下げた白くて顔の見えない女神さまだ。ぽよぽよは色々と表現に問題がありそうな、実に豊穣の女神たる見た目をしたモノなのだけど――
『これぞ豊穣の女神というものでしょう』
「口では言い表したくないの。私に対しての当てつけか――って!」
ともかく、この女神さま、前の世界――つまり日本で、恋人のひとりも作れず死んでしまった私を憐れんで、この異世界へ転生させてくれた。そして『賢者』の力と不老不死を与えてくれた。不老不死と言っても、前世で地震に遭って本に埋もれて死んだ27歳、その年齢までしか齢を取らず、老衰では死なないってだけ。魔物に殴られたら普通に死ぬ。
『そう。不死身ではないから気を付けなさい』
「それ、先に言っといて欲しかったよ……」
実は私、異世界でもう何度も死んでる。死にまくってる。ゲームかっていうくらい。そして別に死に戻れるわけじゃない。女神さまに言わせると――時の流れというものは戻せないからこそ尊いのです――などと尊を語られてしまった。何年か、或いは何十年か後に生まれ変わってやりなおすのだ。
そう。女神さまは言った。
『あなたにチャンスをあげましょう。一度や二度の失敗にくじけてはなりません。素敵な相手と結ばれるその日まで、貴方は27歳から齢を取ることもなく、たとえ死んでもやり直すことができるのです』