女神、繁栄
--------------------------------神の問い、意味の欠落--------------------------------
「……放っといてくれ。」
ユーマは、沈んだ声で呟いた。床に投げ出したままの腕が、ひどく重い。
女神は軽く首を傾げ、まるで些細なことのように微笑んだ。
「今はそう言うだろうね。」
ユーマは目を閉じる。
「ねぇ、ユーマくん。この世界、続ける?」
ふとした問いかけのような軽やかさ。
まるで、喫茶店で"このケーキ、おかわりする?"とでも言うような気軽さで女神は問う。
ユーマは無言のまま、顔も上げずに返した。
「……放っといてくれ。どうせ、あんたには何もできないんだろ。」
投げやりな皮肉。
痛みを含ませた拒絶。
だが、女神はまるでそれを予期していたかのように、楽しげに肩をすくめた。
「ううん。何でもできるよ?」
--------------------------------"何でもできる"という答え--------------------------------
「ミリアちゃんを生き返らせることも——」
その瞬間、ユーマの呼吸が止まった。
「ある時点に時間を戻すことも——」
喉が乾いた。指先が震えた。
「永遠にミリアちゃんと共に生きることも——」
視界が揺れる。血圧が上がる。
心臓が高鳴る。
生理的な興奮が、身体を支配した。
希望。
安堵。
幸福。
歓喜。
あらゆる感情が、脳内で瞬間的に弾けた。
「ユーマくんはね、神としての創造力がちょっと足りなかっただけなんだよ。」
女神は、まるで新しい玩具を見せる子供のように言う。
「考えてみれば、分かることでしょ? だって、神なら何でもできるんだから。できないんじゃなくて、ただ思いつかなかっただけ。」
「……思いつかなかっただけ、か。」
ユーマは自嘲気味に呟く。
思いつかなかっただけ。
本当なら、最初からそれができた。
(俺は、ただ……知らなかっただけ?)
指先が震えていた。
胸の高鳴りはまだ収まらない。
だが——そこに"意味"はないと脳内で答えが出ている。
戻ったところで、何が変わる?
生き返らせたところで、それは"本当のミリア"なのか?
この世界は"続ける"ものなのか?
ユーマの理性は、瞬時に色々な問いに対し答えを出す。
——"意味はない"。
永遠にその時を過ごしたとしても、感情はどんどん薄れていく。
愛の行き先は対面通行になり、対話の意味すら喪失する。
そんな状態に、一体何の意味があるのか?
それが答えだった。
それならいっその事……この世界も…神も…自分自身も無くなればいい。
そう…思った。
--------------------------------"不滅"という呪い--------------------------------
「でもね、アンドリューNDR114みたいな結末は無理よ。」
女神はどこか悲しげに言った。
だが、その口調の奥には、微かに重みがあった。
ユーマは顔を上げる。
「……どういう意味だ?」
「あなたは不滅の存在だもの。それだけは神にも不可能な行為ね。」
女神はまるで当たり前のことを告げるかのように微笑んだ。
ユーマは思わず拳を握りしめる。
「死ぬことすらできないのか?」
「ええ。」
女神の答えはあまりにも明瞭だった。
「どれだけの力を持とうと、"神"である限り、"死"という概念は適用されないの。」
「……そんなもの、呪いだろ。」
呟くように言った言葉は、虚空へと消えた。
ユーマは、ゆっくりと息を吐いた。
「……俺は、もう不滅だ。」
その事実は、すでに理解していた。
どれだけ時間が経とうとも、存在は消えない。
どれだけ世界が変わろうとも、存在は続く。
無限に続く意味のない日々、それはもう死と何が違うのだろうか…。
それでも——
「……意味は、あったんじゃないか?」
ミリアと過ごした時間。
彼女の声、仕草、言葉のひとつひとつ。
愛おしかった。
そして、彼女を失った時の痛み。
胸を切り裂かれるような喪失感。
そのすべてが、本物だった。
「ミリアといた時間は、確かに幸せだった。」
「彼女を失ったとき、確かに悲しかった。」
「……それすらも、無意味になってしまうのか?」
ユーマは、自分に問いかけるように呟いた。
その言葉を聞いた女神は、くすっと笑う。
「無意味なんてことないわ。それは一つの物語。これから恒久に続く時間の中の一つの現象なのよ。」
「それを経験した事によって、貴方の中で一時的にでも意味として機能するなら、それは無意味ではないわ。」
「何も感じない日々なんて、苦痛以外の何者でもないじゃない。それにその状態が続くといよいよ私達は虚無の存在になってしまう。」
「だから、私達は時には自分の世界に入って、冒険したり恋をする。時には他の神の様子を観察して自分を保つの。」
ユーマは、女神の言葉を理解をしている自分に困惑していた。
納得はしていない。
だが、理解できてしまっている。
「エゴじゃないか……。」
振り絞った自分の言葉を呟く。
「そうね…。それが神の責任なのかもしれないわね…。」
--------------------------------神の選択--------------------------------
ユーマは深く息を吐いた。
「……この世界を続ける?」
女神は問う。
「あなたがミリアちゃんと過ごしたこの世界を、まだ観測し続ける?」
ユーマは微かに眉を寄せる。
「もし俺が続けないと決めたら?」
「あなたの観測が止まるだけよ。」
女神は肩をすくめる。
「この世界が消えるわけじゃない。でも、あなたにとっては"存在しないもの"になる。」
ユーマは目を閉じた。
ミリアのいない世界。
彼女のいた痕跡が残る場所。
彼女と過ごした時間。
彼女が生きた証。
それを手放すという選択は、"死"とは違うが、それ以上に大きな意味を持つ気がした。
「……この世界を続ける。」
ユーマは、まるで自分自身に言い聞かせるように呟いた。
女神は少し目を細め、柔らかく微笑む。
「なるほど。この世界を続けると決めたのはいいけれど……あなたは何をするつもり?」
ユーマは答えた。
「今はただ…、ミリアと過ごしたこの世界を過ごしたい…。」
その瞬間、女神はくすっと笑い、肩をすくめた。
「ふふっ、それもいいと思うわ。また、いつか会いましょう。」
女神が手を振ると、世界が再び動き出した。
止まっていた時間が流れ、風が街を撫でる。
遠くで鐘の音が響き、人々の営みが続いていく。
しかし、ユーマにとっては、その一瞬があまりにも重いものだった。
視界には、ただ静寂が広がる。
世界が動き始めたのに、自分だけが取り残されたような錯覚を覚える。
彼の呟いた言葉は風に溶け、どこへともなく消えていった。
-------------------------------- ミリアの葬儀、英雄たちの記憶--------------------------------
ミリアの葬儀は、国葬として執り行われた。
王都の中央広場には、黒い喪服をまとった群衆が溢れかえり、
人々のすすり泣く声があちこちから聞こえていた。
鐘の音が響くたび、集まった者たちは静かに頭を垂れる。
英雄の死を悼む儀式。
純白の布に包まれた棺が、ゆっくりと進んでいく。
彼女は、この国の光だった。
人々にとっての救済であり、象徴だった。
かつて共に歩み、戦い、夢を語り合った仲間たち。
ユーマはその手で彼らを葬った。
ロイエン
カイン
アレクト
共に過ごした時間は、確かにそこにあった。
だが今、それらはただの過去となってしまった。
王国の中央には、"勇者パーティの記念碑"が建立された。
魔王討伐の歴史を刻み、
彼らの名を残し、
この時代に生きた証を刻むために。
しかし、その行為にどれほどの意味があるのか、ユーマ自身もわかっていなかった。
記念碑があるからといって、彼らの存在が永遠に残るわけではない。
時間が経てば、語る者もいなくなる。
ユーマは、刻まれた名前を指でなぞりながら、静かに問いかけた。
しかし、答えは返らない。
ただ冷たい石の感触が指先に伝わるだけだった。
--------------------------------文明の加速--------------------------------
時が経つにつれ、王国は驚異的な速度で発展していった。
農業革命が進み、街道が整備され、商業が発展する。
識字率が向上し、学問が広まり、医療技術が進歩していく。
王都には高層の建築が立ち並び、鉄道のような交通網が整備され、人々の暮らしは目に見えて豊かになっていった。
国民は繁栄を称え、貴族たちはその隆盛に喜び、ユーマは絶対的な存在として扱われるようになっていく。
しかし、ユーマは違和感を拭えなかった。
かつての世界。
自分が生きた文明。
王国の発展は、あまりにもユーマの知る世界に似すぎていた。
商店の賑わい、学び合う子供たち、新しくできた劇場。
どれも、人々が求めた結果に見える。
だが、それらはユーマの記憶にあまりにも符合しすぎていた。
この世界は、ユーマが無意識に作り上げたものではないのか。
「俺の意志で世界が動いている……?」
そうであれば、この世界に住む人々は、本当に自らの道を選び取っているのか?
この文明は、ユーマの思考の産物に過ぎないのではないか?
それでは、人間が生きる意味すら、ユーマが作り出していることになってしまう。
自分の置かれた状況と、この世界の人間の置かれた状況が、少なからずリンクしている気がする。
ユーマは目を閉じ、静かに考えた。
「俺の知る文明ではなく、この世界独自の道を歩ませるには——」
どうすれば、"俺の意志"ではなく、人々自身が道を切り開くことができるのか。
ユーマは世界の変化を見つめながら、新たな答えを模索し始める。
彼はこの世界を観測し続ける。
神としてではなく、
この世界の"観測者"として、
ミリアと過ごした世界が、愛おしいこの世界と人々が、どこへ向かおうとしているのかを知りたかった。
「世界は彼らの手で進むべきだ。俺はその道を示す者ではない。」
そう結論づけたユーマは、王宮から姿を消した。
公式には「賢者ユーマはその使命を終え、長い旅へと出た」と記録されることとなる。
しかし、それがどこへ向かったのかを知る者は少なく、彼の存在は徐々に歴史の中へと薄れていった。
--------------------------------独自文化の萌芽--------------------------------
ユーマは、ただ静かに世界を観測し続けた。彼の手が加わらなくなったことで、ようやくこの世界は本来の道を歩み始める。
特に、王国の外縁部で生まれた独自の文化や技術にユーマは強い関心を抱くようになった。
・音楽と魔法の融合
ある都市では、リズムと舞踏を組み合わせた新しい芸術が誕生していた。魔法陣を利用した音響増幅技術が開発され、広場では大規模な演奏が催されるようになった。音と魔法の融合による芸術表現は、かつてユーマが知る世界にはなかったものだった。
・魔法を利用した科学の発展
王国の学者たちは、魔法と物理法則を統合する研究を進めていた。例えば、重力魔法を応用した輸送機関、エネルギー魔法の安定化技術の発展など、科学とは異なる体系のもとで世界は進化を続けていた。
・魔物の愛護団体の誕生
かつて敵とされていた魔物を保護し、共存を訴える思想が芽生えていた。彼らは、魔物が生態系の一部として重要な役割を果たしていることを説き、各地に保護区を設けるよう王国へ働きかけていた。これはユーマが想定していなかった新たな価値観の誕生だった。
ユーマは、これらの流れに干渉することなく、ただ観察を続けた。
世界が独自の進化を遂げていく様子を見つめながら、彼はようやく「自分がいなくとも、この世界は変化していく」ことを実感し始める。
ある日、ユーマはとある都市の書物庫で「近代哲学書」を目にした。
そこには、「人間の生きる意味とは何か?」という問いが記されていた。
かつてユーマ自身が考え、悩んできた問い。
しかし、それは彼が与えたものではなく、この世界の住人たちが自ら見出した問いだった。
「世界は、俺の意志ではなく、自分自身の道を歩んでいる。」
ユーマは静かに書物を閉じ、街を見下ろす。
世界は、彼の手を離れた。
こっから投稿遅くなります。
ごめんなさい。