終戦、喪失
--------------------------------王都の混乱とユーマの支配確立--------------------------------
王国軍の敗北とともに、王都は混乱に陥った。
前線に主力を投入していたため、王都の守備は手薄になり、暴徒化した市民や貴族派閥間の衝突が続発していた。
ユーマは、王都の統制を早急に取る必要があった。
そこで、事前に接触していた親ユーマ派の貴族たちに命じ、王都内で同時多発的な蜂起を起こさせた。
- 城塞の制圧:王都の城門は即座に封鎖され、王宮はユーマの軍勢によって完全に包囲された。
- 主要貴族の拘束:王国の旧貴族派を徹底的に粛清し、王国の統治機構を掌握。
- 秩序の回復:戒厳令を敷き、暴徒化した市民を鎮圧。商業区域には軍を駐留させ、安定を図る。
王都が静まり返るまでに、わずか三日とかからなかった。
--------------------------------国王の排除--------------------------------
「貴様……これが貴様の望んだ世界か……!」
王城の謁見の間にて、ロムノ国王は震えながらユーマを睨みつけた。
ユーマは、静かに彼を見下ろした。
「お前が王でいる限り、この国は腐り続ける。それだけだ。」
「俺は……俺は、正統な王族の血を継ぐ者だ! 貴様のような成り上がりが、この国を動かせるとでも思うのか!」
「王は血で決まるものじゃない。」
ユーマは小さくため息をつくと、迷うことなく剣を抜いた。
「この国を動かせるのは、力を持つ者だけだ。」
ロムノ国王の目に恐怖が浮かんだ。
次の瞬間、ユーマの剣が振り下ろされ、短い統治の歴史に幕が閉じた。
--------------------------------新たな王の即位--------------------------------
ユーマは自ら王座には就かなかった。
それは、王国の安定を最優先するための戦略的な決断だった。
代わりに、王族の血を引く若き貴族の一人を新国王に据えた。
- 名目上の王として存在するが、実権はユーマが握る
- ユーマの改革を円滑に進めるための傀儡政権
- 王族の血統を重視する民衆の納得を得るための象徴
こうして、王国は新たな時代へと突入した。
--------------------------------王国の改革と文化の発展--------------------------------
ユーマは、戦争終結と同時に大規模な改革に乗り出した。
- 政治体制の整備:王国議会を設置し、貴族だけでなく商人や学者にも統治への関与を認める。
- 軍の再編:旧王国軍の指揮系統を刷新し、ユーマ派の将軍を配置。軍の規律を強化。
- 教育改革:識字率向上を目的とした義務教育制度を確立。学問の普及に力を注ぐ。
- 経済発展の促進:交易の自由化、インフラ整備、鉱山開発を行い、王国の経済基盤を強化。
- 文化・芸術の振興:劇場や図書館を設立し、芸術活動を支援。知的水準の向上を図る。
この急激な改革によって、王国の文化水準は飛躍的に向上していった。
--------------------------------ユーマの変化とミリアとの関係--------------------------------
ユーマは王国を支配した。
すべては計画通りだ。
ミリアは変わらず彼のそばにいた。
彼女は以前と同じように微笑み、彼を支えてくれている。
だが、ユーマは彼女を見つめるたびに、自分の心が変わりつつあることを感じていた。
(ミリアの言葉に感じていた魅力はどこへいった?)
(いや……それでも、俺は彼女を愛しているはずだ。)
ユーマは、そう信じることで自分を保とうとした。
--------------------------------揺らがぬ愛、揺らぐ感情--------------------------------
「今日の夕焼け、すごく綺麗だね。」
ミリアが窓の外を見ながら、穏やかに微笑んだ。
ユーマも目を向ける。確かに、美しい景色だった。だが、彼の口から出たのは——
「地平線近くの大気密度が上がると、光が長波長寄りに散乱しやすくなる。だから、この時間帯は赤く見える。」
ミリアは一瞬まばたきをした後、ふっと笑った。
「そういうことじゃなくて……ただ、綺麗だなって思っただけ。」
ユーマは違和感を覚えた。
彼女が求めていたのは、美しさを共感する一言だったのではないか? だが、自分が口にしたのはただの説明でしかなかった。
(人間だった頃の俺なら、こんな返答はしなかったはずだ。)
ユーマは一拍置き、改めて口を開いた。
「……そうだな。綺麗だ。」
「でしょう?」
ミリアは嬉しそうに微笑む。
ユーマは、その表情を見ながら、自分が"会話"を成立させるために意識的に言葉を選んだことに気づいた。
(昔は、こんな風に"選ぶ"必要すらなかった。)
それは人間としての自然な感情の発露ではなく、会話を成立させるための計算だった。
彼女の期待に沿う言葉を考え、最適な返答を"選ぶ"ようになってしまっている。
(俺は、会話をしているんじゃない。会話を組み立てているんだ。)
ユーマは、かつての恋愛を思い出す。
人間だった頃、恋愛とは"分からないこと"の連続だった。
相手の気持ちを探りながら、距離を測り、言葉を選び、時には誤解しながら関係を深めていく。
そうやって、お互いを知ろうとすることが恋愛の本質だったのではないか?
今のユーマにとって、ミリアの考えはすぐに分かる。
彼女の意図も、期待する返答も、思考の流れすら瞬時に理解できる。
(……でも、それは"関係"じゃない。)
人間は、本来、完全に分かり合うことはできない。
むしろ、"齟齬"や"距離"こそが、愛という感情を維持するための要素なのではないか?
長く連れ添った夫婦ですら、互いに完璧に理解し合うことはない。
些細なすれ違いがあり、時には意見の衝突があり、それでも関係は続いていく。
(完璧に理解し合うこと——それは、もはや人間の愛ではないのかもしれない。)
「ユーマ、最近少し変わったね。」
ミリアがそう言ったとき、ユーマは少し驚いた。
「変わったか?」
「うん。なんというか……前よりも、静かになった気がする。」
彼女の言葉に、ユーマは思った。
(そうなのかもしれない。)
ミリアの言動に、昔ほど心が揺れなくなっている。
彼女の仕草や言葉を見ても、"予測通り"と感じることが増えた。
(……俺は、本当に彼女を愛しているのか?)
それでも、ユーマは自分に言い聞かせる。
「愛している」と。
だが、それが"感情"なのか、"意識的に維持している概念"なのか、もう分からなくなりつつあった。
(愛とはなんだ? 本当にまだ、俺にそれがあるのか?)
ミリアが優しく微笑んでいる。
それは何も変わらない。
だが、ユーマの心には、"漠然とした終わり"の気配があった。
(次に俺の心が揺れるのは——きっと……。)
彼はその先を考えないようにした。
それでも、胸の奥にある冷たい感覚が、それを否定させなかった。
(……ミリアがいなくなった時か。)
彼女の存在は、まだそこにある。
しかし、その重みを感じることが、日に日に薄れているような気がした。
--------------------------------病の発覚と治療の絶望--------------------------------
「んー、最近ちょっと疲れやすくてね。」
ミリアが苦笑いしながら言った。
「歳じゃないの?」
ユーマが冗談混じりに返すと、彼女は軽く睨んだ。
「まだ若いわよ!」
そんな他愛のない会話をしていたのに、その数日後——
「現時点の医学では治療できません。」
診察室で、医者が申し訳なさそうに告げる。
ユーマは表情を変えずに問い返した。
「どのくらいかかる?」
「現在の王国の医学は目まぐるしく発展しています。それでも、治療法を確立するには、数十年……いえ、もっとかかるかもしれません。」
数十年。
それは、人間にとって"待てない時間"だった。
「嘘でしょ……?」
ミリアは笑おうとしたが、その笑顔は震えていた。
--------------------------------衰えていくミリアと、人間の本質--------------------------------
ユーマはあらゆる科学者を動員し、技術を結集し、できる限りの手を尽くした。
だが、時間だけはどうにもならなかった。
「最近、腕が重いのよねー。ちょっと持ち上げるの手伝ってくれる?」
ミリアがベッドの上で微笑む。
「お前……それ、冗談で言ってる?」
ユーマは笑えなかった。
肌はやせ細り、歩くのも辛そうになり、ついには寝台から起き上がることすら難しくなった。
それでも、彼女は笑っていた。
「ユーマ、心配しすぎよ。」
ユーマは何も言えなかった。
(なぜ、そんなふうに笑える?)
彼女は確実に弱っていく。それでも、最期まで“彼女らしく”あろうとする姿に、ユーマは圧倒されていた。
(どうして、そんなふうに生きられるんだ?)
悲しみのはずなのに、彼の胸には畏敬の念に近いものすらあった。
--------------------------------ミリアの最後の言葉--------------------------------
その夜、ミリアの呼吸は途切れ途切れだった。
彼女は薄く笑い、ユーマを見つめる。
「ユーマ……」
「なんだ?」
彼は、できる限り穏やかな声を作る。
ミリアは、少しだけ顔を綻ばせた。
「貴方と出会えて、貴方と過ごせて……私の人生は、本当に幸せだった。」
ユーマの世界が静寂に包まれる。
彼女の声はか細く、儚く、だが揺るぎなかった。
そこには、絶望も、後悔も、未練すらなかった。
「だから……ユーマ。貴方も幸せになってね。」
彼女は微笑んだまま、そっと目を閉じる。
ユーマの時間が、止まった。
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「あ……」
声が震えた。
涙が溢れた。
嗚咽が漏れ、身体が震える。
彼はただ、そこに座り込むことしかできなかった。
(なんだこれ……)
彼は理解している。
これは、ただの生理的現象だ。
涙腺が刺激され、喉が締め付けられる。
これは、ただの反射反応。
(俺は……悲しいのか?)
ユーマの頭は冷静に、それを解析する。
死とはそういうものだ。
人間は生まれ、衰え、そして終わる。
(それは当たり前のことだろう?)
だが、胸の奥から湧き上がるこの感覚は——それを、否定する。
「……ミリア?」
呼びかけても、彼女はもう答えない。
ユーマは、喉の奥で声を押し殺しながら、ただただ嗚咽を漏らした。
泣いている。
だが、これは感情なのか?
(俺は、何を感じている?)
彼の中で、理性と感情がぶつかり合い、そして崩れ落ちていった。
「……神よ……」
ユーマは誰に言うともなく呟いた。その言葉が、虚空へと吸い込まれていく。
かつての仲間を殺し、最愛の人を病で失い——彼が信じ、築いてきたすべてが消え去った今、
なぜ、自分はここにいるのか。
彼は神と呼ばれ、圧倒的な力を持っているはずだった。
なのに、なぜ"神"に縋るような言葉が口をついて出たのか。
それが皮肉にも聞こえて、ユーマは乾いた笑みを漏らした。
神が神に祈る。これほど滑稽なことがあるか。
神と呼ばれるものは、完全無欠の存在なのではなかったのか?
時間を超え、すべてを見通し、人を導くもの。少なくとも、そうであるべきだった。
だが、理解できないものは理解できない。
救えないものは、どうあがいても救えない。
どれほどの力を持とうとも、
彼は、ミリアの命すら救えなかった。
(これの、どこが"神"だ?)
ユーマの中で、何かが静かに砕けていく。
それは、自分が神であるという確信。
それとも、神という存在に抱いていた幻想。
どちらにせよ、この瞬間、
彼の中の"何か"は、終わった。
--------------------------------区切りがついた瞬間--------------------------------
どれほどの時間が流れたのか、ユーマには分からなかった。
目の前には、変わらず横たわるミリアの亡骸。
彼はそれを、ただ見つめていた。
涙はもう出なかった。
嗚咽も止まった。
感情が消えたわけではない。
ただ、そこにある痛みは、あまりに大きすぎて、もはや言葉にもならなかった。
(もう……いい。)
心のどこかで、そう思った。
それが諦めなのか、受け入れなのか、
あるいは、ただの虚無なのか。
もはや、ユーマ自身にも分からなかった。
--------------------------------女神の再訪--------------------------------
「やあ、久しぶり。」
その声は、あまりにも軽やかだった。
ユーマがゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは、かつて彼をこの世界へ送り出した女神だった。
「……随分と、疲れた顔してるね?」
彼女は微笑んでいた。
だが、その微笑みは以前とどこか違って見えた。
かつては神々しく、不可侵のもののように思えたその存在。
だが今のユーマには、彼女の姿がひどく遠く、同時にひどく身近に思えた。
(こいつも、俺と同じなのか?)
神という肩書を持ち、すべてを見通すような顔をしながら——
その実、何も救えない、不完全な存在なのではないか。
そんな疑念が、静かに胸に浮かんだ。