表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

終戦、喪失

--------------------------------王都の混乱とユーマの支配確立--------------------------------


王国軍の敗北とともに、王都は混乱に陥った。


前線に主力を投入していたため、王都の守備は手薄になり、暴徒化した市民や貴族派閥間の衝突が続発していた。


ユーマは、王都の統制を早急に取る必要があった。


そこで、事前に接触していた親ユーマ派の貴族たちに命じ、王都内で同時多発的な蜂起を起こさせた。


- 城塞の制圧:王都の城門は即座に封鎖され、王宮はユーマの軍勢によって完全に包囲された。

- 主要貴族の拘束:王国の旧貴族派を徹底的に粛清し、王国の統治機構を掌握。

- 秩序の回復:戒厳令を敷き、暴徒化した市民を鎮圧。商業区域には軍を駐留させ、安定を図る。


王都が静まり返るまでに、わずか三日とかからなかった。


--------------------------------国王の排除--------------------------------


「貴様……これが貴様の望んだ世界か……!」


王城の謁見の間にて、ロムノ国王は震えながらユーマを睨みつけた。


ユーマは、静かに彼を見下ろした。


「お前が王でいる限り、この国は腐り続ける。それだけだ。」


「俺は……俺は、正統な王族の血を継ぐ者だ! 貴様のような成り上がりが、この国を動かせるとでも思うのか!」


「王は血で決まるものじゃない。」


ユーマは小さくため息をつくと、迷うことなく剣を抜いた。


「この国を動かせるのは、力を持つ者だけだ。」


ロムノ国王の目に恐怖が浮かんだ。


次の瞬間、ユーマの剣が振り下ろされ、短い統治の歴史に幕が閉じた。


--------------------------------新たな王の即位--------------------------------


ユーマは自ら王座には就かなかった。


それは、王国の安定を最優先するための戦略的な決断だった。


代わりに、王族の血を引く若き貴族の一人を新国王に据えた。


- 名目上の王として存在するが、実権はユーマが握る

- ユーマの改革を円滑に進めるための傀儡政権

- 王族の血統を重視する民衆の納得を得るための象徴


こうして、王国は新たな時代へと突入した。


--------------------------------王国の改革と文化の発展--------------------------------


ユーマは、戦争終結と同時に大規模な改革に乗り出した。


- 政治体制の整備:王国議会を設置し、貴族だけでなく商人や学者にも統治への関与を認める。

- 軍の再編:旧王国軍の指揮系統を刷新し、ユーマ派の将軍を配置。軍の規律を強化。

- 教育改革:識字率向上を目的とした義務教育制度を確立。学問の普及に力を注ぐ。

- 経済発展の促進:交易の自由化、インフラ整備、鉱山開発を行い、王国の経済基盤を強化。

- 文化・芸術の振興:劇場や図書館を設立し、芸術活動を支援。知的水準の向上を図る。


この急激な改革によって、王国の文化水準は飛躍的に向上していった。


--------------------------------ユーマの変化とミリアとの関係--------------------------------


ユーマは王国を支配した。


すべては計画通りだ。


ミリアは変わらず彼のそばにいた。


彼女は以前と同じように微笑み、彼を支えてくれている。


だが、ユーマは彼女を見つめるたびに、自分の心が変わりつつあることを感じていた。


(ミリアの言葉に感じていた魅力はどこへいった?)


(いや……それでも、俺は彼女を愛しているはずだ。)


ユーマは、そう信じることで自分を保とうとした。


--------------------------------揺らがぬ愛、揺らぐ感情--------------------------------


「今日の夕焼け、すごく綺麗だね。」


ミリアが窓の外を見ながら、穏やかに微笑んだ。


ユーマも目を向ける。確かに、美しい景色だった。だが、彼の口から出たのは——


「地平線近くの大気密度が上がると、光が長波長寄りに散乱しやすくなる。だから、この時間帯は赤く見える。」


ミリアは一瞬まばたきをした後、ふっと笑った。


「そういうことじゃなくて……ただ、綺麗だなって思っただけ。」


ユーマは違和感を覚えた。


彼女が求めていたのは、美しさを共感する一言だったのではないか? だが、自分が口にしたのはただの説明でしかなかった。


(人間だった頃の俺なら、こんな返答はしなかったはずだ。)


ユーマは一拍置き、改めて口を開いた。


「……そうだな。綺麗だ。」


「でしょう?」


ミリアは嬉しそうに微笑む。


ユーマは、その表情を見ながら、自分が"会話"を成立させるために意識的に言葉を選んだことに気づいた。


(昔は、こんな風に"選ぶ"必要すらなかった。)


それは人間としての自然な感情の発露ではなく、会話を成立させるための計算だった。


彼女の期待に沿う言葉を考え、最適な返答を"選ぶ"ようになってしまっている。


(俺は、会話をしているんじゃない。会話を組み立てているんだ。)


ユーマは、かつての恋愛を思い出す。


人間だった頃、恋愛とは"分からないこと"の連続だった。


相手の気持ちを探りながら、距離を測り、言葉を選び、時には誤解しながら関係を深めていく。


そうやって、お互いを知ろうとすることが恋愛の本質だったのではないか?


今のユーマにとって、ミリアの考えはすぐに分かる。

彼女の意図も、期待する返答も、思考の流れすら瞬時に理解できる。


(……でも、それは"関係"じゃない。)


人間は、本来、完全に分かり合うことはできない。

むしろ、"齟齬"や"距離"こそが、愛という感情を維持するための要素なのではないか?


長く連れ添った夫婦ですら、互いに完璧に理解し合うことはない。

些細なすれ違いがあり、時には意見の衝突があり、それでも関係は続いていく。


(完璧に理解し合うこと——それは、もはや人間の愛ではないのかもしれない。)


「ユーマ、最近少し変わったね。」


ミリアがそう言ったとき、ユーマは少し驚いた。


「変わったか?」


「うん。なんというか……前よりも、静かになった気がする。」


彼女の言葉に、ユーマは思った。


(そうなのかもしれない。)


ミリアの言動に、昔ほど心が揺れなくなっている。


彼女の仕草や言葉を見ても、"予測通り"と感じることが増えた。


(……俺は、本当に彼女を愛しているのか?)


それでも、ユーマは自分に言い聞かせる。


「愛している」と。


だが、それが"感情"なのか、"意識的に維持している概念"なのか、もう分からなくなりつつあった。


(愛とはなんだ? 本当にまだ、俺にそれがあるのか?)


ミリアが優しく微笑んでいる。


それは何も変わらない。


だが、ユーマの心には、"漠然とした終わり"の気配があった。


(次に俺の心が揺れるのは——きっと……。)


彼はその先を考えないようにした。


それでも、胸の奥にある冷たい感覚が、それを否定させなかった。


(……ミリアがいなくなった時か。)


彼女の存在は、まだそこにある。


しかし、その重みを感じることが、日に日に薄れているような気がした。


--------------------------------病の発覚と治療の絶望--------------------------------


「んー、最近ちょっと疲れやすくてね。」


ミリアが苦笑いしながら言った。


「歳じゃないの?」


ユーマが冗談混じりに返すと、彼女は軽く睨んだ。


「まだ若いわよ!」


そんな他愛のない会話をしていたのに、その数日後——


「現時点の医学では治療できません。」


診察室で、医者が申し訳なさそうに告げる。


ユーマは表情を変えずに問い返した。


「どのくらいかかる?」


「現在の王国の医学は目まぐるしく発展しています。それでも、治療法を確立するには、数十年……いえ、もっとかかるかもしれません。」


数十年。


それは、人間にとって"待てない時間"だった。


「嘘でしょ……?」


ミリアは笑おうとしたが、その笑顔は震えていた。


--------------------------------衰えていくミリアと、人間の本質--------------------------------


ユーマはあらゆる科学者を動員し、技術を結集し、できる限りの手を尽くした。


だが、時間だけはどうにもならなかった。


「最近、腕が重いのよねー。ちょっと持ち上げるの手伝ってくれる?」


ミリアがベッドの上で微笑む。


「お前……それ、冗談で言ってる?」


ユーマは笑えなかった。


肌はやせ細り、歩くのも辛そうになり、ついには寝台から起き上がることすら難しくなった。


それでも、彼女は笑っていた。


「ユーマ、心配しすぎよ。」


ユーマは何も言えなかった。


(なぜ、そんなふうに笑える?)


彼女は確実に弱っていく。それでも、最期まで“彼女らしく”あろうとする姿に、ユーマは圧倒されていた。


(どうして、そんなふうに生きられるんだ?)


悲しみのはずなのに、彼の胸には畏敬の念に近いものすらあった。


--------------------------------ミリアの最後の言葉--------------------------------


その夜、ミリアの呼吸は途切れ途切れだった。


彼女は薄く笑い、ユーマを見つめる。


「ユーマ……」


「なんだ?」


彼は、できる限り穏やかな声を作る。


ミリアは、少しだけ顔を綻ばせた。


「貴方と出会えて、貴方と過ごせて……私の人生は、本当に幸せだった。」


ユーマの世界が静寂に包まれる。


彼女の声はか細く、儚く、だが揺るぎなかった。


そこには、絶望も、後悔も、未練すらなかった。


「だから……ユーマ。貴方も幸せになってね。」


彼女は微笑んだまま、そっと目を閉じる。


ユーマの時間が、止まった。


----------------------------------------------------------------


「あ……」


声が震えた。


涙が溢れた。


嗚咽が漏れ、身体が震える。


彼はただ、そこに座り込むことしかできなかった。


(なんだこれ……)


彼は理解している。


これは、ただの生理的現象だ。


涙腺が刺激され、喉が締め付けられる。


これは、ただの反射反応。


(俺は……悲しいのか?)


ユーマの頭は冷静に、それを解析する。


死とはそういうものだ。


人間は生まれ、衰え、そして終わる。


(それは当たり前のことだろう?)


だが、胸の奥から湧き上がるこの感覚は——それを、否定する。


「……ミリア?」


呼びかけても、彼女はもう答えない。


ユーマは、喉の奥で声を押し殺しながら、ただただ嗚咽を漏らした。


泣いている。


だが、これは感情なのか?


(俺は、何を感じている?)


彼の中で、理性と感情がぶつかり合い、そして崩れ落ちていった。


「……神よ……」


ユーマは誰に言うともなく呟いた。その言葉が、虚空へと吸い込まれていく。


かつての仲間を殺し、最愛の人を病で失い——彼が信じ、築いてきたすべてが消え去った今、


なぜ、自分はここにいるのか。


彼は神と呼ばれ、圧倒的な力を持っているはずだった。


なのに、なぜ"神"に縋るような言葉が口をついて出たのか。


それが皮肉にも聞こえて、ユーマは乾いた笑みを漏らした。


神が神に祈る。これほど滑稽なことがあるか。


神と呼ばれるものは、完全無欠の存在なのではなかったのか?


時間を超え、すべてを見通し、人を導くもの。少なくとも、そうであるべきだった。


だが、理解できないものは理解できない。


救えないものは、どうあがいても救えない。


どれほどの力を持とうとも、


彼は、ミリアの命すら救えなかった。


(これの、どこが"神"だ?)


ユーマの中で、何かが静かに砕けていく。


それは、自分が神であるという確信。


それとも、神という存在に抱いていた幻想。


どちらにせよ、この瞬間、


彼の中の"何か"は、終わった。


--------------------------------区切りがついた瞬間--------------------------------


どれほどの時間が流れたのか、ユーマには分からなかった。


目の前には、変わらず横たわるミリアの亡骸。


彼はそれを、ただ見つめていた。


涙はもう出なかった。


嗚咽も止まった。


感情が消えたわけではない。


ただ、そこにある痛みは、あまりに大きすぎて、もはや言葉にもならなかった。


(もう……いい。)


心のどこかで、そう思った。


それが諦めなのか、受け入れなのか、




あるいは、ただの虚無なのか。


もはや、ユーマ自身にも分からなかった。



--------------------------------女神の再訪--------------------------------


「やあ、久しぶり。」


その声は、あまりにも軽やかだった。


ユーマがゆっくりと顔を上げる。


そこにいたのは、かつて彼をこの世界へ送り出した女神だった。


「……随分と、疲れた顔してるね?」


彼女は微笑んでいた。


だが、その微笑みは以前とどこか違って見えた。


かつては神々しく、不可侵のもののように思えたその存在。


だが今のユーマには、彼女の姿がひどく遠く、同時にひどく身近に思えた。


(こいつも、俺と同じなのか?)


神という肩書を持ち、すべてを見通すような顔をしながら——


その実、何も救えない、不完全な存在なのではないか。


そんな疑念が、静かに胸に浮かんだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ