僕と幼馴染とエロ本と ~だって男の子だもん~
僕と山桜桃の付き合いは長い。
幼稚園、小学校、中学校、そして高校。
仲の良い友達は他にもいたけれど、ここまで付き合いが長いのは山桜桃だけだ。
幼馴染というか、腐れ縁というか。
言ってみれば家族みたいなものなのだ。
男と女。
異性の関係。
しかし僕は、男女間の友情というものは存在していると考えるタイプだ。男女の関係を全て恋愛感情でひとくくりにされてはかなわない。
断言できる。
今現在、僕は山桜桃に恋をしていない、と。
色々考えつつ、僕は自室のドアを開ける。
あんまし山桜桃を待たせちゃ悪いしな……機嫌損ねてなきゃいいけど。
「遅かったわね、悠輔」
部屋の中で、山桜桃は立っていた。
下着姿で。
「馬鹿野郎!」
僕は即座に目を逸らしそして勢いよくドアを閉めた。
油断していた。
こんなの想定できた事態じゃないか。
「悠輔、何をそんなに慌てているの」
「自分の部屋で女子が着替えりゃ、そりゃ慌てるだろうよ!」
それで動じないような男にはなりたくない。
ドアの向こうで、山桜桃が溜息をつくのが聞こえた。
「今更よね、悠輔。昔はよく一緒にお風呂とか入ったじゃない」
「昔の話だ!」
子供の頃と、今は違う。
お互い、もう高校二年生になるというのに。
昔みたいには――いられない。
「嫁入り前の女子が簡単に裸晒すなよな……」
「あら、じゃあ悠輔は私をお嫁さんに貰ってくれるの?」
「む……」
何というか、答えに困る問いだ。
どう返したものだろう。
普通に冗談で返していいのか? でも軽々しく言うのも何か気が引ける。
「冗談よ」
僕が返答に窮している間に、山桜桃はそう言った。
「入っていいわよ。服を着たから」
「分かった」
頷き、僕はドアを開ける。
開けてみたら山桜桃はまだ全裸だった――などという繰り返しネタが来る可能性もあったが、扉を開けないことにはどうしようもないので、開けた。
結果、山桜桃はちゃんと服を着ていた。メイド服ではなく、普通の私服だ。
ホッと一息。
「段ボール箱は持ってきたの?」
僕のベッドに座る山桜桃は、そう尋ねた。
「ああ、このとおり」
僕は立ったまま答える。
適当な大きさのものを見繕って三つほど持ってきた。
あとはうず高く詰まれたエロ本の山を箱に詰め込めばいい。なんとも情けなくなるような作業だ。
「なあ、これホントに捨てなきゃ駄目なのか?」
「……まあ、無理に、とは言わないけど」
うーん。
万が一エリカさんや凛々恵が僕の部屋に入ったときのことを想定するとな……。
二人に入らないよう言っておけばそれで済む話なのかもしれないけど、最悪のケースというのが必ずしも無いわけではない。
ここは男らしく、潔く捨てておくべきか。
「それにしても、分からないわ。男は何故こんなエロ本を好むのかしら。欲求不満なの?」
山桜桃は僕の秘蔵のエロ本をぱらぱらめくりながら、嘲笑交じりに言う。
「女の子の裸見たさに買うの?」
「う、ん、まあ、それもあるかな」
若干しどろもどろになりつつ僕は答える。
っていうか何この状況……。
「それも、ってことは他にもあるの?」
「ひ、人それぞれ……かな」
「じゃあ悠輔は何のために? それとも、ただ単に女子の裸を見てハァハァしたいだけ?」
首をかしげる山桜桃。
僕は答えられない。何でエロ本を持っているかなんて、ロジック立てて説明したい事柄でもない。
強いて言うならば。
男だからだ。
「もし女の裸が見たいだけなら、私がいくらでも見せてあげるけど」
「それは御免だ……」
「どうして?」
尋ねる山桜桃の表情は、少しだけ真剣だ。
軽口などではなく、本当に疑問に思っているのだと、分かる。
何故そんなに裸を見せたがるのか理解できないけど、性癖は個人の自由だ。関知しないでおこう。
幼馴染が露出狂かあ……。
複雑……。
「悠輔、今失礼なこと考えなかった?」
「べ、別に。な、何でも、ない、よ」
ふう危ない。咄嗟に冷静を装ったが、危うくバレるところだったよな。
昔から山桜桃は鋭いからなあ。僕ほどのポーカーフェイスでもなければごまかしきれまい。
「……でもさ、例えば山桜桃、母親とか姉妹の裸見てハァハァしてる男をどう思う」
「気持ち悪いわね。死ねばいいのに」
「だろ? 同じことだよ」
言いながら、僕は気づく。
ああ、そうか。山桜桃は僕にとって『家族』なのか。
母親とか、姉妹とか、そういった存在と同じくらいに。
山桜桃は僕にとって、近しい女性なのだ。
「小さいときからずっと一緒で、僕は山桜桃のことを家族みたいに思ってるんだぜ。家族の裸を見たって、しょうがないだろ」
だから。
山桜桃は僕にとって恋愛対象ではない。
家族だからだ。
僕が山桜桃に抱く好意は、友情でもなく愛情でもなく。
言葉で説明しきれるものでもないのだろうけど。
敢えて言葉を当てはめるならば――家族愛、だろうか。
「……じゃあ、悠輔は私の裸を見てもなんとも思わないということ? ドキドキしないの? ムラムラしないの?」
山桜桃の問いを聞いて、僕は鼻で笑った。
「ふ、愚問だな山桜桃」
愚問だ。愚問極まる。
正直に言おう。
山桜桃はめっちゃスタイルが良い。
グラビアアイドル顔負けだ。
まず胸がでかい。めっちゃでかい。
本人曰くFカップらしいが僕の見立てではGでもおかしくない。
そんだけでかいと、服着てても分かる。すぐ分かる。
下着と洋服で押さえつけたところで巨乳は自己主張を止めないのだ。
特に制服を着ているときなど、エロさ倍増だ。あれぞまさに青春。
無論、胸だけでない。
腰は細くくびれがあって、その上で尻も程よく大きく丸くエロい。
上から下まで、完璧な肢体の持ち主と言わざるを得ないだろう。
そんなエロい身体を持つ幼馴染を持って、僕は確かに幸せだ。
だがしかし、彼女には恥じらいという大事な要素が欠けている。
恥じらいがあるからこそ、目にした時の喜びが大きくなるのだ。
『見せたくない』と言われると是が非でも見たくなるけど、『見ていいよ』と言われるとやや気分が下がるのと同じだ。
僕ら男子は、見たいのだ。だが女子の裸なら何でもいいわけではない。
障害があるほど燃える。
男子は何故女性の下着に興奮するのか? それは普段見ることが出来ないからだ。
いつも好きなときに見られるなら、ありがたみは薄い。
見えないからこそ、見たくなる。
だからこそ――女性の恥じらいは重要だ。最も重要な障害なのだ。
その辺が山桜桃には欠けているが、しかし。
それを差し引いても、山桜桃はエロい。
幼馴染の僕が言うのだ。間違いは無い。
時々本気でムラムラ来ることがある。
まあ死んでも言えないけど。
とにかく、
「――僕は家族の裸を見て興奮する変態では無いつもりだ!」
「とりあえず説得力は皆無のようね」
あれ、何で!?
あっさり見抜かれちゃった!?
僕の心の声、ひょっとしてだだ漏れ……?
「まあいいわ。私に女の魅力が無いって訳じゃないみたいで」
「そんなこと心配してたのか?」
「あれだけ迫ってるのに、手を出してこないからね。そうなると、悠輔がホモか私に魅力が無いのかのどちらかになるでしょう?
漫画研究部が発行してる同人誌じゃ、悠輔と杉村のホモ同人はかなり人気だそうよ。あれノンフィクションじゃないかと実はちょっと心配してたのよね」
「いらん心配だ! っていうか同人誌って何だよ聞き捨てならねえぞ!」
「その内私と悠輔のエロ漫画も書かせようかしら。既成事実ゲット……!」
「フィクションは既成事実とは言わねえよ! っていうかうちの学校の漫画研究部は何書いてんだよ一体!」
生徒会に掛け合って予算止めてもらおうか……。
「……話がだいぶ逸れたけど」
山桜桃は読んでいたエロ本を床に放り投げた。
「結局悠輔も男ってことよね。女の裸を見れば興奮する。それは相手が私でも変わらない、と」
……まあいくら家族でも、流石に歳の近い山桜桃や凛々恵の裸を見たら、平静ではいられないことは認めざるを得まい。
だって男の子だもん。
「だから、お前も僕の前で脱ぐのは止めろってことだよ。分かったか」
「……そうね。脱げばウケを取れると勘違いした女という評価を得るのも業腹だし」
お前は誰と戦ってんだよ。
「それに、私にとっても悠輔は家族だしね」
山桜桃はそう言って、微笑んだ。
さっきまでの妖艶さを孕んだ笑みではなく、もっと素直で純真な、少女の笑み。
不覚にも、どきりとした。させられた。
「あら、照れてる」
「や、違う。そ、そんなことよりエロ本片付けないと!」
僕は床に積まれたエロ本の山に手を伸ばそうとして、
うっかり、
山桜桃が床に投げ捨てたエロ本を、
踏んづけた。
踏んだだけなら良かったのだが、踏んだ瞬間本がつるりと滑って、
「うわっ」
僕は前のめりにバランスを崩し、そのままベッドへ倒れこむ。
問題があるとすれば、ちょうどその位置には山桜桃が座っているということで――
「のわっ!」
「きゃっ!」
そのまま倒れこんだ。
結果、僕は上から山桜桃を両手で押さえつけているかのような姿勢となる。
一方の山桜桃は、普段の彼女らしくも無く、僕に押さえつけられたままだ。怪力のくせに。
っていうか、何だこの漫画みたいな状況。お約束過ぎるにも程がある。
「あ、ご、ごめん山桜桃……」
その時、僕は見た。
山桜桃がさながら悪魔のような笑みを口元に浮かべたのを。
「――悠輔、らめぇ……」
およそ女子高生が出したとは思えないほど色っぽい声で、そういった。
セクシーボイス。
それを聞いたのが僕だけならば、まだ良かったのだけれど。
「悠輔、今何か音がしましたが、平気ですか?」
驚くべきことに、後ろで、凛々恵の声がした。
振り返ってみると、開け放たれたドアから凛々恵が室内を覗き込んでいる。
凛々恵と目があった。
しばし視線が交錯した後、凛々恵は、
「仕方ないですよね。――男の子ですから」
そういい残して、ドアを閉めた。
僕は口元をひくつかせながら、山桜桃のほうに向き直る。
「あらあら、勘違いされちゃったわね、悠輔」
にやにや笑いながら言う山桜桃を見て、僕は確信した。
「お前、凛々恵が二階に来てたの、気づいてたな!」
「あらあら、悠輔が鈍すぎるのよね。そもそもドアを開けっ放しにするほうが悪いわ」
……完全に、してやられた。
ひょっとして、エロ本を投げ捨てたのも計算どおりか、こいつ。
魔女だ。
「まあ仕方ないわよね悠輔。男の子だもの」
「仕方なくねえ――!」
その後、僕がどれだけ必死に釈明しても、凛々恵に、
「まあまあいいじゃないですか若いんですし。体裁取り繕わなくてもいいですよ。私はお二人を応援していますから。たとえアブノーマルでも」
と逆に諭され励まされる羽目になった。
……ああ、僕があの幼馴染に勝てる日は、いつ来るのだろう?
というわけで山桜桃の話でした。
何か単に下ネタとエロ談義しただけな気もしますが……。