僕と幼馴染とエロ本と ~メイドさんとご主人様~
1.
「ご主人様、朝ですよ、起きてください」
「ん……」
朝。
僕はだれかに起こされた。
誰だろう。
少し打ち解けたとは言え、凛々恵はわざわざ僕の部屋まで来て起こしてくれたりはまだしないけど。
いずれしてくれると信じてやまない僕である。
「今日も良い天気ですよ」
声の主はカーテンを開いた。
朝日が部屋の中に差し込み、否が応でも朝なのだということを全身が実感させられる。
僕は起き上がって、とりあえず声の主が誰なのかを確認することにした。
「おはようございます、ご主人様」
メイドさんだった。
黒のワンピース、白のフリルエプロンとヘッドドレス。
まさにメイド。
うん、どこからどう見ても、メイドだ。
何で僕の部屋にメイドがいるんだろう。
これは夢なのか?
しかし夢だとすると、前にも同じパターンがあった気がする。どんだけ飢えてるんだよ僕。
ここはセオリー通り頬をつねって引っ張ってみた。痛い。
夢じゃないらしい。
「ご主人様、これから、朝の御奉仕をさせていただきますね。下をお脱ぎになって下さい」
メイドさんはニコッと笑った。
うん。
超可愛い。
こうなれば、僕がやるべきことは一つだ。
僕は即座に枕元の携帯電話を手に取り、番号をプッシュ。
「――あ、もしもし警察ですか! 今僕の部屋にメイド服来た不審者が不法侵入……」
最後まで言い切らない内に、メイドさんが携帯電話を奪い取り、逆パカ。
べきっ、という音を立てて、携帯電話は真っ二つになった。
「……こともあろうに私を不法侵入者扱いだなんていい度胸だわ、悠輔」
「やっぱりお前か山桜桃!」
「無論、私よ」
メイドさん――もとい山桜桃はメイド服を着たまま不敵に笑った。
黒髪をポニーテールに結った彼女こそ、僕の幼馴染。
勝手に合鍵を作って勝手に我が家に侵入してくる困った奴である。
「これぞ櫻井山桜桃の真骨頂その1・『性的ロールプレイ』。ありとあらゆるコスやシチュに応じて完璧な演技が可能なのよ」
確かに完璧になり切ってはいたけど。
朝起きたばかりで寝ぼけていた僕では判別が出来ないほどに、メイドさんになっていたけど。
だからどうした。
「そんな真骨頂はいらねえよ……」
しかもその1って何だよ。まだあるのかよ。
「私にかかれば悠輔の愚息も一発昇天間違いなしなんだからね」
ぺろり、と自分の指を舐めながら妖艶に笑う山桜桃。
何で女子高生にこんな色気が出せるんだろう……。
僕はこいつとの付き合い長いけど、未だにその辺が分からない。こいつのエロはどこで磨かれているんだ……。
「朝っぱらから下ネタに走るな! こっちは起きたばかりなんだぞ」
「情けないわね。そんなことではやっていけないわよ」
朝っぱらから下ネタの応酬についていけないとやっていけない世界なんて、こちらから願い下げだ。
僕はもっと品性ある生き方をしたいのだ。
そう、僕は紳士になりたい。
立てばジェントル、座れば紳士、歩く姿はマジ紳士、とか言われてみたい。
「では悠輔。早速だけど、このエロ本の処遇を考えましょうか」
山桜桃は、僕の部屋にあったエロ本全てをかき集め積み上げ、うず高い山を作っていた。
何てことをしやがる……!
僕の紳士道が……。
「お前僕が寝ている間になんてことしてんだよ」
「何を言っているの。これはあなたの為なのよ、悠輔」
びしっ、と人差し指でこちらを指してくる山桜桃。
「ここはもう以前の雄漂木家ではないのよ、悠輔。父親と二人暮らし出会ったころとは、環境が違っているの。
今の悠輔には母親も妹もいる。この意味が分かる?」
山桜桃の問いかけに、僕はしばし考える。
これまで僕は父親と一緒に暮らしていて。
父親は仕事で家を空けることも多いので、一人でいる時間も多くて。
家に女性がいないからエロ本を隠す必要も無く部屋に普通に置いていて……。
「あ、ああ!」
合点が行った。
山桜桃は得意げに笑みを浮かべる。
「部屋にエロ本を放置しておけば、いつ同居人の目に触れるか分からないわよ。
もしこれが凛々恵ちゃんの目に触れたら……?」
凛々恵が屠殺されるのを待つブタでも見るかのように僕を見下ろす光景が容易に想像できる……っ!
今の今まで何故気がつかなかったんだ!
凛々恵やエリカさんが僕の部屋に入ってこなくて本当に良かったよなあ……!
でも、これからもそうであるという保証はどこにもない……!
「分かった? 悠輔。自分の愚かしさと、わざわざこのことを教えに来た私の優しさが」
「山桜桃、お前って凄く良い奴だって昔から思ってたよ!」
「いいのよ悠輔。幼馴染なんだから。いつだって私は悠輔を助けてあげる。
その代わり、ちゃんと私の言うことを聞くのよ?」
「イエス、ユアハイネス!」
「うふふいい子ね。あとで足を舐めさせてあげるわ」
「ありがたき幸せ!」
……あれ?
何かおかしい気がする。
まあ、いいか。
「で、このエロ本の山の処遇だけど。どうするの? 捨てるのも中々苦労しそうだけど」
「うーん」
本来定期的に捨てたりするべきだったんだろうけど、溜め込んでしまったな……。
どれもこれも、読まないとしても、捨てるのは若干躊躇しちゃうんだよな。「また見たくなるかもしれない」とか思っちゃってどうしても処分に踏み切れないのだ。
その結果が僕の眼前に聳え立つエロ本の山というわけだ。
これを見てドン引きしない女子なんて山桜桃くらいなんだろうなあ……。
「杉村にあげようかなあ」
僕の友人・杉村は一人暮らしをしているから、こういうものも結構溜め込んでいる。
頼めば引き取ってくれる……かもしれない。
「けど、この量だと運搬の手間を考慮しないといけないわね」
モノがモノだけに、厳重に梱包しないといけないしな。
万が一外で人目につくことがあれば、僕は一生の恥をさらすことになる。
エロ本とはそういうものだ。
男であれば必ず持っている。でもそれを公言する人間は少ない。
会話の中で登場するにしても気の置けない友人同士の会話くらいで、社会的にエロ本の所有を公言しても軽蔑されない人間なんてそうそういない。
暗黙の了解。
当たり前であるからこそ、誰も触れないのだ。
「とりあえず悠輔。残すものと残さないものを選別しなさい。
全部、とか言ったら酷いわよ」
その選別が今まで出来なかったから、この山があるんだけどなあ。
「……ちなみに、全部、って言ったら?」
「半脱ぎになって泣き叫びながら外まで出るわ。『やめて下さい悠輔様!』とか。ご近所からの評判がどうなるか見ものよね」
「よーし選別するぞう!」
このメイド、可愛い顔して鬼畜だもんなあ。
「……っていうかお前、その格好で家まで来たのか」
「まさか。ちゃんと私服で来て、悠輔の部屋で着替えたわよ」
「それはちゃんととは言わねえ……! 僕が起きたらどうするつもりだったんだ」
「別に?」
忘れてた。
櫻井山桜桃に羞恥心などという概念は通用しない。
僕の目の前で着替えることなど微塵も抵抗を覚えずにやってのける女だ。
「じゃあ早速選別作業よ。そうね、部屋の面積から考えて、残せるのは十冊程度ね」
「それだけ!? あ、いえ、何でもないです、はい」
睨まれたので黙らざるを得なかった。
畜生、相変わらず怖い。
「あ、じゃあ段ボール箱取って来るよ。確か凛々恵とエリカさんが引っ越してきた時の奴があったはずだから」
「……そうね。さっさと行ってらっしゃい。待ってるから」
そう言って山桜桃は、僕のベッドに腰かけた。
可愛いメイドが普段僕が寝ているベッドに座っている、という光景は何だか色気がある……気がする。
「いてっ」
歩きだしたらいきなり何かを踏んだらしく、足の裏に鋭い痛みが走った。
画鋲でも落ちてたかな……。
見ると、僕の携帯電話だった。
正確にいえば、逆パカされて二つに分かれてしまった僕の携帯のなれの果て。
忘れてた。
「……山桜桃、僕の携帯が真っ二つになってるんだけど、これ、お前の仕業だよな」
「ものはいつか壊れてしまうのよ、悠輔」
「自然に壊れちゃったみたいな言い方するな! 明らかに人為的に破壊されてるだろうがあ!」
「うるさいわね。あとでちゃんと弁償してあげるから」
「中のデータとかどうするんだよ! バックアップ取ってないんだぞ!」
「ああ、それは平気よ。悠輔の携帯の中のデータなら、ちゃんと私がコピーして持っているから」
「え、そうなの?」
「こんなこともあろうかと、ね。どうせ悠輔はバックアップなんて取ってないんだろうから、いざという時のために私がバックアップを取っておいてあげたのよ」
な、なんてことだ!
僕の知らない間に僕の携帯のデータがコピーされていたなんて!
「分かった? 悠輔。自分の愚かしさと、わざわざバックアップを取っておいてあげた私の優しさが」
「山桜桃、お前って凄く良い奴だよな! あれ、僕お前のこと大好きだってこともう言ってあったっけ?」
「いいのよ悠輔。幼馴染なんだから。いつだってどこだって私は悠輔を助けてあげる。
その代わり、私の言うことには絶対服従よ?」
「イエス、ユアマジェスティ!」
「うふふいい子ね。あとで私の下着をかぶっていいわよ」
「身に余る幸せ!」
……あれ?
やっぱり何かが致命的におかしい気がする。
まあ、いいか。
……いいのか?




