私と部活と学校生活と ~放課後~
1年C組のホームルームが終わり、私も放課後を迎えました。
放課後の予定は既に決まっていました。今日は茶道部の活動日です。
茶道部は、学校の敷地の外れにある茶室で活動しています。茶室があるなんて珍しい学校です。うちの茶道部が茶道部として精力的に活動しているかと言えば、微妙なところではあるのですが……。
「……蘇芳さん、それでは、また」
私は席を立ち、同じく帰り支度をしていたクラスメイトに声をかけました。
蘇芳里和さん。
クラスでは完全に孤立していた人だったのですが、今朝、突然私に声をかけてきたのです。
「お、雄漂木先輩の妹さんと、いうのは、あなたです、か?」
……実際にはこんなものではない吃りっぷりだったのですが。
ともかく蘇芳さんは何やら義兄の世話になったとかで。不思議なご縁もあるものです。蘇芳さんは私と友達になりたいと言ってくれたのです。
これまで誰ともまともな会話をしなかった蘇芳さんがいきなりそんなことを言うなんて、と私は少し驚きもしましたが、その申し出は喜んで受けさせて戴きました。
「さ、サラダバー……」
「……さらばだ、と言いたいのでしょうか?」
蘇芳さんはこくこくと頷きました。
面白い人ですが、どうやら人とお話するのが著しく苦手なようです。ただ、義兄は「あれは世を忍ぶ仮の姿なんだよ」などとわけのわからないことを言っていました。
まあ、お付き合いしている内に分かることもあるでしょう。
私は蘇芳さんと別れて、部活へと向かいます。
「あ」
教室を出たところで、私は見慣れた姿を見かけました。
「山吹さん」
ので、彼女の名を呼びます。果たして彼女は立ち止まり、私の姿を認めると、柔和な笑顔を浮かべました。
「雄漂木さん。今から茶室に?」
「ええ。山吹さんもですか」
「うん。一緒に行こう?」
もちろんです、と私は返しました。
山吹聖さん。
ショートカットの髪の毛、黒縁眼鏡、ものすごい巨乳という特徴の持ち主です(客観的事実ですよ?)。
私と同じく、今年度、茶道部に入部した新入生です。まあ、新入生は私と山吹さんの二人しかいないのですが。
山吹さんは、その真面目そうな外見に違わず、優等生です。入学式では新入生代表も務めていました。噂によれば入試の成績はトップで、全科目満点だっだという噂もあるほどです。そちらの真偽のほどは定かではありませんが、山吹さんが優秀であるという事実は、新入生テストの結果からも明らかです。トップでしたから。
ちなみに二位は私です。
えっへん。
……言ってて虚しくなります。
「雄漂木さんは、ゴールデンウィークって何か予定とかあるの?」
「家族でキャンプに行く予定なんです。山桜桃さんの家族もご一緒に」
「そうなんだ。雄漂木さん、櫻井先輩と仲良いよね」
「お隣さんで昔から家族ぐるみの付き合いがあるんです」
雑談を交わしながら私たちは歩みを進めていきます。
昇降口を出て、グラウンド側へ。グラウンドでは野球部が元気に活動しています。邪魔にならないよう端っこを通って、庭園へ。
そう、この学校、敷地内に庭園があるのです。厳密に言えば敷地内というよりは、庭園が隣接するという形なのでしょうか。一般開放もされているそうです。
私たち茶道部の拠点である茶室は、この庭園内にあるのです。
「やっぱりすごいよね。こんな立派なお庭があるなんて」
豊かな緑の中を歩きながら部活動に向かう。なんと文化的なのでしょう。
「心なしか空気がおいしいですね」
「……そういえば、雄漂木さんって、どうして同い年にも敬語を使うの?」
そこに気付くとは、山吹さん流石です。
私は四六時中、相手が誰であってもですます口調で喋るのですが、これは別に深い信念があってのことではありません。
「単純に、この方が楽だからですよ」
この喋り方が一番、私に合っていると感じている。理由はそれだけなのです。
「すみません。私は昔からこうなので」
「でも雄漂木さんって滑舌いいし、声綺麗だから、すごく様になるよね」
「そうでしょうか?」
それは初めて言われたかもしれません。
「歌とか、すごく上手そう」
「うーん、どうでしょうか。あまり歌を歌うことがないので……音楽の授業くらいでしか」
どちらかと言えば音楽は聴くほうが好きです。
私の家にはクラシックのCDがいっぱいあるので、暇なときはそれを聴いて過ごしていました。
お母さんの言うところによれば、お父さんの物だそうです。私が生まれてすぐに亡くなってしまった、父親。
だから私にとって、家の押し入れにあるあのCDの数々は、父親の形見にも等しいというわけです。時折、父親のいない寂しさを感じたとき、私はあのCDを聴くことで、父親の面影を感じたものでした。
「あ、先輩もう来てるね」
そんなこんなで茶室に到着。
靴箱には三人分の靴が入っていました。先輩方は既に来ているということですね。
「こんにちはー」
襖を開けて広間に入ると、そこには先輩方の姿がありました。
「Oh! リリエ、ヒジリ! Hello!」
まず目に入るのは、茶道部副部長のリア・フリージア先輩です。
なんと生粋のアメリカ人です。
私の金髪は暗めで、比較的(あくまで比較的に、ですが)ややくすんだ色なのですが、フリージア先輩の金髪はプラチナブロンド。ほとんど白い輝きを放っています。
若干キャラがかぶっている気がしますが、日本語は私のほうが上手です。フリージア先輩はあくまで留学生ですが、私は日本生まれ日本育ちですしね。
「…………」
次に茶室の奥で正座をしている先輩が目に入ります。
擬宝珠紅緒先輩。茶道部の部長です。
黒髪を長く伸ばした小柄な女性で、お人形さんみたいに綺麗な方です。
未だに私はあの方が言葉を発したところを見たことがありません。無口な方なようですが、先輩方は彼女が何を言いたいか理解できるそうです。超能力じゃないですかそれ。
「よく来たわ。凛々恵ちゃん、聖ちゃん。今日は宴よ」
そして最後に、お馴染み、櫻井山桜桃先輩です。
日本でこれほど姫カット、前髪ぱっつんが似合う女性はまずいないでしょう。
スタイルも抜群で、後輩女子からは早くも憧憬の対象となっているとかいないとか。
「…………」
しかし、襖を開けた私と山吹さんは、硬直していました。
ドン引き、と言ってもいいでしょう。
目の前に広がる光景は、私と山吹さんにとって俄かには信じがたいものでした。
いつもどおりの茶室。そこに混じる異常なもの。
私は無言で襖を閉め、隣に立つ山吹さんを見ました。彼女も困惑顔です。
「見ましたか、山吹さん」
「ええと、その、多分、雄漂木さんが見たのと同じものを」
ふむ。
山吹さんも見ているのなら、私の勘違いや、幻覚というわけではなさそうですね。
つまりあれは現実。
「どうしましょうか、山吹さん。このまま帰るという手もあるかと思いますが」
「う、うーん……。どうしようか。でも、何が理由があるかもしれないし」
あれに一体どんな理由があるというのでしょう。想像もつきません。
このまま帰ることもできますが、しかし、その後「あれは一体何だったんだ」という疑問に頭を抱えることにもなりそうですね。
ここでハッキリさせるのがいいのかもしれません。
現実から目を背けずに。
「仕方ないですね、とりあえずは行きましょう。逃げるのはその後でも良いでしょう」
「逃げること前提なの……?」
ふう、と一息ついて、私は再び襖を開けました。
そこには、先程と全く同じ光景が広がっています。
なので私は精一杯溜息を漏らしてから、心なしか低めの声で、言ったのです。
「……どうして先輩は、全裸なのでしょうか」




