僕と親友と剣道小町と ~少年少女の恋心~
僕は、結局のところ、何も知らなかったのである。
知らされていなかった、と言ってもいいかもしれない。
なんてことはない。蘇芳里和の杉村恭一に対する想いは、強さがどうとかそういう話ではなく、もっとシンプルだったのだ。
恋心。
蘇芳はずっとずっと、杉村恭一に惚れていた。
小学生の頃から、だ。
杉村恭一と蘇芳里和は、同じ小学校だったのだ。
知り合い、というわけではなかったらしい。何かがきっかけで、蘇芳里和は一個年上の先輩に、想いを寄せるようになったのだという。
当時小学五年生の蘇芳里和は、杉村恭一に想いを告げることにした。
しかし、これも僕は窺い知ることの出来なかったことなのだが、蘇芳はとんでもない人見知りだったのだ。クラスメイトとでさえまともに話せないような。はっきり言って想像もつかない。
そんな蘇芳が、好きな人に告白だなんて真似ができるはずもない。だから蘇芳は手紙をしたためた。直接渡す度胸もなかった蘇芳は、杉村の同級生でもある親友に、手紙を託すことにしたのだ。
しかし、問題があった。その蘇芳の親友は、同時に杉村の想い人でもあったのである。
杉村は、想い人からラブレターを渡された。想い人からの、ではないラブレターを。想い人は杉村のことなど何とも思っていなかったという事実を知らされた杉村は、ショックのあまり、そのラブレターに返事を出すこともしなかった。
「……B子は、蘇芳だったんだな」
僕はこの事件の発端となった果たし状が送られた日、杉村から聞いた話を思い返す。
杉村が好きだったA子。A子からラブレターを渡されるも、差出人はA子ではなくA子の親友のB子だった。
なるほど、B子はてっきり杉村の同級生かと思い込んでいたが、しかし実際は一つ下の学年だったというわけだ。
杉村の方はB子――つまり蘇芳のことをよく知らなかったがゆえに、行き違いが生じていた。
「蘇芳は、『強くてかっこいい杉村先輩』に惚れたんだな。だからオタクになった俺に我慢ならなかったんだろう」
その辺りのことを、蘇芳は僕に話さなかった。
蘇芳が杉村にこだわるのは、あくまでも、かつて敗北を喫した相手であり、そして自分を見つめ直す機会を与えてくれた相手だからだと、僕はそう思っていたのだ。もちろん、そのこともあるのだろうが、しかし一番の理由は、それではなかったのだ。
好きだったから。
ずっとずっと好きだった相手が、変わり果ててしまったことが、蘇芳にとって最も気に入らなかったのだ。
しかし、蘇芳と杉村が一戦を交えたことで、蘇芳は杉村が今でも強いことを知った。
「でも、結局、蘇芳の告白は断ったんだな。勿体無い」
あの日、蘇芳の数年越しの告白に対し、杉村は「悪い」と深々と頭を下げることで応えた。
振られることになった蘇芳は、それでも、晴れやかな笑顔をしていた。
「だから言ってるだろうが、雄漂木」
「ん?」
「俺は、ポニーテール萌えなんだよ」
……さいですか。
これ以上は何も言うまい。
僕と杉村は、通学路を歩いていく。
決闘から一夜明けた金曜日。
思えば濃い一週間だった。月曜日に果たし状、そして蘇芳里和の襲来。火曜日は蘇芳の身辺調査。水曜日は蘇芳の家まで行った。そして木曜日は決闘。
「まあ、もうゴールデンウィークだしな。杉村は何か予定とかあるの?」
「ああ。積んでるエロゲとアニメを消化する。眠れないゴールデンウィークになりそうだぜ」
非生産的だなあ。
杉村らしいといえば、そうだけど。
「おはよう、雄漂木先輩、杉村先輩」
この一週間ですっかり聞きなれた声が後ろからした。
振り返れば、そこには蘇芳里和の姿がある。相変わらず手には刀袋に入れた木刀。
「色々と、世話になったな。特に雄漂木先輩にはご迷惑をおかけした」
「いやあ、何でもないって」
振られた翌朝でも、蘇芳は元気いっぱいである。
「それにしても、気になることがあるんだけどさ、蘇芳」
「何だ?」
「お前、そんなに明るいのに、どうしてクラスでは誰とも関わろうとしないんだ?」
凛々恵や担任教師から聞いた蘇芳の印象と、実際に話してみた蘇芳の印象が、だいぶ違っていることが、僕には気がかりだった。
どうしてクラスでは、蘇芳は周囲に壁を作っているのだろう?
「ああ、そのことか。それなら簡単だ。これを、教室に持ち込めないからだよ」
そう言って蘇芳は、手に持った刀袋を持ち上げる。
木刀? 確かに、教室には持ち込めないか。
「雄漂木先輩、家に来た時、私が木刀を持っていたことについて、『事情がある』と言ったのを覚えているか?」
「ん、そういや言ってたな」
何で家の中でも木刀を持っているのか、そういえば不思議に思った記憶がある。
「つまりな、雄漂木先輩。私は木刀か竹刀を持っていないと、恥ずかしくて他人と話せないのだ」
「…………は?」
「私が元々致命的なまでの人見知りだったことは、雄漂木先輩も既に聞き及んでいるだろう。そんな私を家族があまりに心配して、剣道を始めさせたのだ。そして私は剣道では強かった。だから竹刀やそれに類するものを握っている間は強気なんだ。でも、持っていないとどうにも不安になって、元の臆病な私に戻ってしまう、というわけだ」
「なんじゃそりゃ」
中学時代は、美人で明るい剣道小町って評判じゃなかったのか。
ああ、いや、そうか。
――「中学時代はな、剣道部じゃ明るくて、礼儀正しくて、美人で。先輩からも可愛がられてたし、後輩からもかなり慕われてたみてえだな」
あの時杉村は「剣道部じゃ」と言っていた。竹刀を握っていられる剣道部ではそうだったというだけなのか。
まるで二重人格じゃないか。
「だから、木刀を持ち込めない教室では、誰ともまともに会話できないってことなのか」
壁を作っているわけじゃ、なかったんだ。
「けど、いつまでもそういうわけにもいかないからな。いずれ克服しなければ、と思っているよ。頑張って友達を作れるように、努力する所存だ」
「……なら、同じクラスに、雄漂木凛々恵ってのがいるだろ。僕の義妹だ。話しかけてみなよ」
「ああ、あの金髪の子か。なんと、雄漂木先輩の家族だったのか。それはいい。頑張ってみるよ。では失礼する。杉村先輩も、また」
そう言って、蘇芳は駆け出していった。
ポニーテールを、揺らしながら。
その背中を見送りながら、僕は呟く。
「……蘇芳は、剣道はもうやらないのかな」
元々、栂椹からは蘇芳を剣道部に入れる手伝いをして欲しい、という依頼だったのだ。
その依頼は果たせなかったことになる。
「それだけどな、剣道はやらないけど、マネージャーとして入部したらしいぜ」
「え、そうなの?」
なるほど、その手があったか。
選手不足が解消されたわけじゃないけど……。
「誰に聞いたんだ? 栂椹か?」
「まあな。新入部員は頑張って探すから、とさ」
頑張って欲しい。心からそう思う。
これからの女子剣道部の行く末に幸多からんことを、だ。
……栂椹といえば。
「杉村、一個聞きたいことがあるんだけど、いいか」
「何だ。貸してやったあのエロゲか? ちなみにハーレムEDに行くためには隠し条件があるからな」
「その話は置いておけ。……あとで聞く」
今はいい。今は。
お世話になっておりますけどもね。
「栂椹のことなんだけどさ。僕の中で一番引っかかってたのは、お前が栂椹を叱咤激励したことなんだよね」
杉村恭一の性格上、あれはやはり珍しいことだ。
確かにあの場で栂椹の背中を押す必要はあったけれど。そして杉村が背中を押すことは、まあありえないことではないだろうけれど。
「まるでお前は、栂椹と旧知の仲みたいな言い方をした。あれが引っかかって、僕なりに考えてみたんだ」
その結果、一つの結論を得た。
「――A子は、栂椹なんだろ?」
杉村恭一が小学生の頃想いを寄せ、しかし玉砕した相手。
B子こと蘇芳里和の、親友。
「根拠は?」
杉村は口元を緩めながら、聞いてくる。
「栂椹は、蘇芳と仲が良かった。と言っても、中学に上がってからは、蘇芳が剣道の強い私立に進学して、疎遠になってしまったみたいだけどな。だからB子の親友は、栂椹じゃないかと」
「何で栂椹と蘇芳が親友だと?」
「昨日の決闘のあと、栂椹が蘇芳のことを『里和ちゃん』と呼び、蘇芳が栂椹を『茉莉先輩』と呼んでた。下の名前で呼び合うってのは親しい証だろ。でも最初は二人共互いに苗字で呼び合ってた。決闘を通して仲が深まったという可能性もなくはないけど、それより僕は、二人が元々知り合いだったという線を押す」
中学時代には疎遠になったから、呼び方が他人行儀になっても無理はない。中学生になって上下関係に厳しい環境を学んだ蘇芳が、かつて親しかったとはいえ年上である栂椹に対して下の名前で呼ぶことを躊躇したとて、それは自然な流れだといえる。一方の栂椹も、蘇芳にすげなく拒絶されてしまったことで、かつてのように親しげに呼ぶことができなくなったのだろう。
「栂椹が蘇芳と仲が良かったのだとすれば、蘇芳がラブレターを託した相手は栂椹だと考えるのが自然だ。
それに、杉村と栂椹には共通点がある。二人共、サッカーをやってたってことだ」
栂椹は小学生の頃、男子に混じってサッカーをやっていたのだ。
一方、杉村もサッカーをやっていて、チームには女子が一人混じっていた。
もちろん、偶然という可能性も十分にあるけど。
「だから栂椹は杉村のチームメイトで、杉村は栂椹に好意を寄せてたんじゃないか、って思ったわけ。推測だし、決定的な証拠があるわけじゃあない」
「……ま、全部終わった話だけどな」
杉村は薄く笑いながら、顎で前方を指し示した。
そちらを見ると、仲睦まじく手をつないで登校するカップルがいる。
ポニーテールの女子は、栂椹だった。
男子の方は、見覚えがある。剣道部員で、昨日の決闘でも主審を務めていた。
ああ、そうか。剣道部の男女関係は良好、なんだった。
僕は何て言ったらいいか分からず、杉村を見る。
「勘違いすんじゃねーよ。小学生の頃の話なんだぜ。あの時、既に終わってるんだよ」
「そうだな」
僕は杉村の背中をポンと叩いてやる。杉村は空を見上げる。
「俺には嫁がいるさ。モニターの向こうにな」
「……たまには三次元にも目を向けてやれよな」
僕の親友は、今日も平常運転のようだ。
物凄く長くなってしまいました。
悠輔の親友・杉村にスポットを当てたエピソードですが、蘇芳里和・栂椹茉莉という2人の少女のウェイトが想像以上に大きくなったために、今まで一番長いエピソードになってしまいました。
彼女らを引き立てるために、メインヒロインの2人は意図的に排除しました(笑)
次のエピソードでは活躍します!
これまでのエピソードと若干ノリが違いますが、この作品の方向性上、たまーにシリアスな要素も入ります。たまに、ですけれど。
次はゴールデンウィークのお話になります。雄漂木凛々恵、櫻井山桜桃の2人がメインになるかと。




