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千紫万紅  作者: リゾット
29/42

僕と親友と剣道小町と ~不良少年の苦悩~

「なあ雄漂木。下駄箱に女性からの手紙が入っているというシチュについてどう思う」

 四月下旬。ゴールデンウィークを間近に控えたとある日の朝。

 2年A組の教室に入ってくるなり、杉村恭一はそんなことを言い出した。

「手紙? なんじゃそりゃ」

 首を傾げる僕をよそに、杉村は僕の机にドカッと腰掛ける。態度もお行儀も悪い。しかしそれを咎めるほど僕はお行儀の良い人間でもなかった。

 杉村恭一は、元・不良である。

 現在でも、それほど目立たないとはいえ茶髪だし、目つきは悪いしで、一部の教師は彼を警戒しているという。しかしあくまで外見の話であり、彼の素行にはもはや不良の面影はないと言っていい。

 何をもって不良とするかはさておき、今の杉村を全体的に評価したとき、不良であるという評価を下す人間は多分いない。

 杉村恭一は、更生をした。改心をした。

 今や生徒会執行部の副会長をも務めている。中学時代の杉村を知る人間が聞いたら卒倒しそうな事実であるが、しかし人生何が起こるかわからないものだ。

「いつものように学校に来たら、下駄箱に異性からの手紙が入っていた……。心躍るシチュじゃね?」

「ギャルゲの話?」

「違う。人生の話だ」

 ……更生した彼は、今や自他共に認めるオタクである。

 杉村の部屋に行けば、アニメキャラのフィギュアが所狭しとディスプレイされ、壁と天井はポスターに埋め尽くされている。中学時代の彼を知る人間が見たら泡吹いて白目を剥きそうな光景であるが、しかし人は変われるものだ。

「第一、今時下駄箱にラブレターとか流行らねえだろ。化石だ化石、そんなモン。あくまであれは二次元の中で起こるkらこそドキドキワクワクするんだ」

「そこまで痛烈にdisるなら、なんで話題に挙げたんだ……」

 僕の怪訝そうな表情に対し、杉村はポケットから一枚の封筒を取り出した。

 ごく普通の白い封筒だ。

「今朝な、これが俺の下駄箱に入っていたというわけだ」

 そう語る杉村の表情は、決して明るいものではない。元々表情の変化がはっきりしているタイプではないが、しかし、これはもっと喜びを露わにしてもいいシチュエーションではないのだろうか?

 ……という僕の疑念を読み取ったのか、杉村は封筒をひらひらと振りながら、語る。

「雄漂木、お前、ラブレターを貰ったことは?」

「いや、ないけど……」

「そうか。俺はある」

「自慢かよ」

「まあ聞けって。それは俺が小学生の頃の話になるんだけどな。まあ同級生の子から手紙を渡されてな。その子ってのが、当時俺が好きだった子なわけよ。A子としよう」

「ほう」

 朝っぱらから唐突に昔の恋バナを始めるのもどうかと思うが、しかし興味深い。

 杉村の恋愛話なんてほとんど聞いたことないし。最近では非実在青少年が嫁だし。

「俺はもうウキウキでな。でもほかの奴らにバレると恥ずかしいから、トイレの個室にこもってこっそり開けたわけだ。中身は期待のとおり、『あなたが好きです』的な文面で俺のテンションは最高潮に達したわけだ。ほぼイキかけたと言っても過言ではない」

「そこは過言だろ」

 どんなテンションだというのだ。

「A子両想いだやったー、とハシャいでいた俺は、しかしその手紙の最後に書かれている差出人の名前を見て、愕然とした。

 ――差出人は俺の想い人ではなく、その親友だった女の子だったんだよ!」

「な、なんだってー!」

 ある程度予想できたオチではあったけれど、ノッておいた。

「つまり俺に好意を寄せていたその女子――B子としようか。B子は、自分で想いを伝える度胸がなく、そこで親友であったA子を頼ったんだな。『お願い、この手紙を杉村くんに渡して!』と。A子は快諾し、ノリノリで俺にB子のラブレターを渡したわけだ。なあ雄漂木、これがなにを意味するかわかるか?」

「……A子は、杉村のことを何とも思ってなかった、という……」

「正解だくそったれ。当時から賢かった俺は瞬時にその事実に思い至り、テンションは一気に奈落の底まで急降下だ。勢い余って奈落の底に穴を掘ってしまったくらいのレベルだ」

 確かに気持ちはわからなくもない。

 期待させておいて一気に落とす。人を絶望に追いやるのには最適な手段だ。落差は大きければ大きいほど、いい。

「しかもそのあと俺はトイレの個室から出てきたところをクラスメイトに見られ、『おーい杉村がウンコしてたぞウンコー』と冤罪を吹聴される始末だ」

「うわ、踏んだり蹴ったり……」

 小学校という小さな社会において、その醜聞は社会的死に相当するといってもいい。故に小学生は皆、小便だけで済むように、あるいは個室に入ったことがバレないように最大限の努力をするのだ。

 バレれば、死ぬ――そんな緊張感を孕んだ一種の『戦い』が、水面下で繰り広げられていたなあ、と僕は小学生時代を懐かしんだ。

 誰にも見つからずに用を成し遂げたあとの解放感たるや、戦場から生還した戦士の気分であった。

「そのあたりからだな。俺が道を踏み外し始めたのは……」

「可哀想ではあるけど、グレる理由にしちゃショボすぎるだろ……」

 なんぼなんでも、それはない。

 そんな理由で不良になった奴が更生とか言っても、重みがないから……。

 もっとこう、家庭の事情でとか、そういうことにしておけって。

「と、まあ壮大な前フリをしたところで、だ」

 前フリのために自分のトラウマをわざわざほじくり返すとは大した精神力である。

「つまり、この手紙に対して俺はどういう反応をすればいいのかわからんわけだ」

「トラウマになってるじゃん……」

 小学生の頃にそんな体験をしていたんじゃあ、確かにラブレターなんて貰っても素直に喜べまい。

「……っていうか、封筒なんだな」

「あん? ああ、確かにな」

 ラブレターなら、普通、便箋とかじゃないんだろうか。

 あくまでもイメージだけれど。

 封筒ではダメ、という暗黙の了解があるわけでは、多分ないし。

「ちょっと見せて」

 僕は杉村から件の封筒を受け取る。

 封筒の表には達筆な字で、こう書かれていた。

 『果たし状』。

「…………杉村、お前この手紙をなんだと思ったって?」

「え? ラブレターじゃね」

「よく見ろ」

「ん、これを見つけた瞬間にトラウマが蘇ってまともに見てなかったんだけどよ……なになに」

 僕は杉村の眼前に封筒を突きつけ、杉村は封筒の表に書かれた文字を凝視。

 沈黙。

「……なあ雄漂木」

 たっぷり30秒は凝視した後、杉村は動揺を隠せない声色で静かに言う。

「これ、『果たし状』って書いてね?」

「ああ。まごうことなき果たし状だよ、それ」

「いや待てよ。まあ待てよ雄漂木。果たし状がラブレターじゃないといつ誰が決めた」

 斬新な解釈だ。

「そもそも果たし状ってなあ『果たし合いを申し込む書面』だろ。『果たし合い』というのは通常『決闘』の意味で捉えられてるが、本来の表記は『果たし愛』だ。『愛を果たす』……もう分かるだろ、これが一体何を申し込んでいるのか」

「分からねえよ。主にお前の思考回路が」

 ポジティブ思考もそこまで行くと病的だ。

 何だかんだで、杉村もちょっと期待してたのかなあ。普段は『嫁ならもういる。次元の壁のむこうにな』とか抜かしてるけど、何だかんだで杉村も年頃の男子だったのだろう。

 小学校時代の苦い思い出と相まって、かなり動揺したようだけど。『果たし状』の文字を見逃すほどには。

「つーか、今時果たし状ってなんだよ。古風かっつーの」

 明らかに落ち込んだ様子で、杉村がぶつぶつぼやいている。

 こいつのこういう姿は、珍しい。

「やっぱ三次元はダメだな。俺は二次元に帰る」

「待てって。帰ってこい。よく考えろって杉村。果たし状が下駄箱に入ってるってそれはそれで大事件だろ」

 一体どこの誰がそんな古風な真似をしたのか。

 興味がある。と言うか、放っておくわけにもいかないだろう。

 だが、杉村は、

「知らん」

 と吐き捨てて、果たし状をビリビリに破いてしまった。

 これでは文面を読むことは適わない。

 僕は文句を言おうかと思ったが、ちょうどそのタイミングで予鈴が鳴ってしまった。杉村は溜息を吐きながら自分の席へと戻っていく。

 どことなく哀愁漂う友人の背中を眺めながら、僕は思案する。

 果たし状。

 杉村恭一は中学時代、警察も手を焼くレベルの不良少年だった。喧嘩をさせれば常勝無敗、一騎当千。彼と一対一で対等な戦いを繰り広げたのは、僕の知る限り櫻井山桜桃くらいのものだろう。

 今もなりを潜めてはいるけれど、その強さは健在のはずだ。

 そんな杉村に対して、果たし状を送るという行為。

 単なる悪戯の可能性もある。だが、時代錯誤な人間が、本当に杉村に挑戦状を叩きつけたという可能性も、まあゼロではない。

「面倒事の予感がするなあ」

 経験則から言って、たいていこの手の予感は的中するものなのだが……。

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