雑談 ~初詣について~
大晦日。
一年の最後の一日。
既に時刻は二十三時を過ぎており、刻一刻と新年が近づいてきている。
僕は、幼馴染の櫻井山桜桃と共に、神社の行列に並んでいた。
初詣の参拝客の列である。
家からわざわざ歩いて、少し遠い大きな神社まで来た。わざわざ初詣をするために。
いつもは家でダラダラとテレビを見つつ炬燵のなかで年越しを迎えているのだが、今年は山桜桃の気まぐれで、年明け前から神社に並ぶことになったのだ。
そういうわけで今は極寒の中行列に並んでいる。列は長くて、鳥居すらまだ拝めていない。
それにしても、だ。
零時を前にして既に初詣の行列ができるという事実に、僕は疑問を抱かざるを得ない。
零時丁度に参拝することに何か意味でもあるのだろうか。
そもそも普段お参りなんてしないのに、元旦だけお参りして、ずけずけと願いことだけ言って帰っていくというその態度。普段は家に寄り付かず遊び歩いているくせに都合のいい時だけ小遣いをせびりに帰ってくるドラ息子のようだ。
「悠輔。露骨に『初詣とかめんどくせえ』みたいな顔をしないで頂戴」
つらつらと不満を心の中で並べ立てていると、山桜桃がそんな僕の心境を読み取ってか、諌めるように言ってきた。
僕のポーカーフェイスから心中を察するという高等技術。流石は我が幼馴染。惜しみない賞賛を贈りたい。
「僕は無神論者なんだよ。祈るべき神様などどこにもいないのさ」
「私だって、別に神様を信奉しているわけではないけれど。でも縁起は担いでおきたいというか、ね」
「縁起ねえ」
「必要なのは論理的根拠じゃないのよ」
そういうものなのか。
だとしても、わざわざこのクソ寒い中行列を作る心の持ちようというやつが僕には理解できないけどね。
僕は別に来るつもりはないのだけど、みんなが行くと言っているなか一人だけ意固地になって行かないというのも変な話だし、ぶっちゃけ淋しいので、何だかんだで毎年初詣には欠かさず来ている。
当たり障りもないお願いをして帰るのだが、果たして神様のご加護はあったのだろうか。効果のほどは神のみぞ知るってやつだな。
「なんだって今年は、こんな早くから初詣に行こうなんて思ったんだよ」
「気分よ。たまには新年を炬燵のなか以外の場所で迎えるのも悪くないと思っただけ」
「その気分に付き合わされる身にもなってくれよ。超寒いぜ」
吐く息は白い。
冬の、しかも深夜。肌に触れる空気が刺すように冷たく、時折吹く夜風に体の芯まで凍りそうになる。
「来るならみんなで来ればよかったじゃないか。なんで僕だけ」
「胡桃と桃花鳥がテレビを見たいって言うんだもの。二人共まだ小学生だし、置いていくわけには行かないから、お父さんとお母さんも残らざるを得ないのよ」
「父さんはコミケの戦利品を鑑賞するのに忙しいしなあ」
僕の父親のダメさ加減が半端ではない。
「いいじゃない、二人で初詣っていうのも」
「いいって、何が?」
「恋人同士みたいで」
「なんじゃそりゃ」
と笑い飛ばす僕の右手が、急に熱を帯びた。
何かと思ったら、山桜桃が僕の右腕をぎゅっと抱き寄せていた。
「な、ちょ、おま」
僕は戸惑い、そして猛烈に気恥ずかしくなってきた。
「寒い寒いうるさいから、暖めてあげるわ」
「いや放して!? すげえ恥ずかしい!」
「嫌よ」
なんでそこで頑ななんだよ!
周囲の視線が心なしか痛いから、放して欲しいのに!
「残念ね。ダッフルコートの上からでは、私のおっぱいの感触を十分に伝えきれないわ」
「伝えなくていいんだよそんなもんは!」
「何よ。私の自慢のFカップの感触を味わいたくないというの」
「公衆の面前でそういうあけっぴろげなことを言うなというに!」
「じゃあ、二人きりの時ならいいのかしら……?」
そっと、耳元で囁くように言われた。
山桜桃の吐息が冷え切った僕の耳に当たって、すこし生暖かった。
顔に熱が篭るのがわかる。顔赤いな、今。
「かわいい」
「……っ!」
赤面した表情を見て、山桜桃がくすっと微笑む。
恥ずかしさが頂点に達した僕は山桜桃の手を振りほどこうと試みたが、しかし山桜桃の腕力には勝てない。
結局、腕を抱かれたまま並ぶことになった。超恥ずかしい。なんの拷問だよこれ。
「ねえ、悠輔は何をお願いするの?」
「金髪爆乳の義理の妹が手に入りますように、かな」
「はあ? 何寝ぼけたこと言ってるのよ死になさい」
「沸点低いにも程があるだろ!」
「そんな願い、叶うわけないでしょうに。もう少しリアリティのある願いをなさい」
「いや、分からないぜ。ある日突然父さんが外国人と再婚して、その連れ子が僕の妹になる可能性が残っている」
「あなた、それ本気で言ってる? こう言っては失礼だけれど、あなたの父親よ?」
ぐうの音も出ない。
最近「いやあ僕最近ドイツ人の美人さんとお付き合いしててさあ」などと寝ぼけたことを抜かしていたが、まあ間違いなく夢想か空想か妄想が幻想だしな。現実とPCのモニタの向こう側との区別がつかなくなってるんだろうなあ。
「……そういう山桜桃は、何を願うんだよ」
「私? そうねえ。彼氏が出来ますように、とかかしら」
「え、お前彼氏とか欲しいんだ」
「私だって花も恥じらう女子高生だもの」
「ぷっ」
吹き出した次の瞬間、僕の腕が万力のような力で締め上げられた痛い痛い痛い!
「骨! 骨がミシミシ言ってるから! お願い放せ放して下さい!」
「女性に対して失礼なことを言うものではないわ、悠輔」
言いつつ、山桜桃は僕の腕を締め上げる力を緩めてくれた。
マジに骨砕かれるかと思った。
「あ、鳥居が見えてきたわよ悠輔」
そして何事もなかったかのように、呑気なことをのたまう山桜桃。僕は抗議の意を込めて睨んでやるが、効果はないようである。
僕は嘆息する。僕の幼馴染はどうしてこうも傍若無人なのか。
山桜桃に腕をロックされたまま僕は鳥居の前で一礼し、鳥居をくぐる。
「……あと十分で新年ね。悠輔、やり残したことはない?」
「仮にあったとして、あと十分じゃ何もできない気がするけど」
「童貞を捨てたいとか」
「仮にそうだったとしてあと十分でできんのかよああん!?」
「大丈夫よ、『早撃ちキッド』と呼ばれた悠輔なら一分も要らないわ」
「男を馬鹿にするのも大概にしろ!」
「え、あ、ごめんなさい。その、秒単位で出されるとさすがに私の身体も持たないっていうか」
「連射速度の話をしてるんじゃねえんだよ! そしてそこまで早くはねえよ! ツッコミどころが多いんだよ! まずなんで年の瀬にこんなゲスい会話しなきゃいけねえんだよ!」
「怒涛のツッコミね……」
もう帰りたい……。
「もう帰りたい、なんて顔をするものではないわ。ここは聖域よ」
「一番バチが当たるべきは間違いなくお前だけどな……」
そうこうしている間にも列は進む。
そして近づく年の終わりと始まりに、周囲も沸き立ち始めていた。
「来年は、どういう年になるのかしらね」
「さあなあ……」
高校一年生が終わって、二年生になる。ということくらいしか分からない。
何が起きるかは分からない。
結局のところ、神のみぞ知る、というやつだ。
いいことも、悪いことも、それなりにあるのだろう。
「いい一年になるといいな」
「あら、神頼みはしないと言っておきながら、その言い方は他力本願じゃない?」
山桜桃の皮肉っぽい物言いに、僕は首をかしげる。
「『いい一年にしてやるぜ』くらい言ったらどう?」
「ああ、そういうことか……。うん、確かにそうかもなあ」
悔しいが、ちょっと納得した。
「いい一年になるといいなあ」なんて、自分では何をするつもりもない言い方だ。
「漠然と望むのではなく、目標に対して具体的な努力をすべきよね。そういう人間をこそ救うべきなのよ、神様は」
「すげえ正論だけど、疲れそうだな」
努力がすべて報われるなら神様なんていらないんだろうな……。
全てが自分の思い通りにはいかないからこそ、予定外・想定外のことが沢山あるからこそ、人は神頼みをしたくなるのだ。
人の意思ではコントロールできない、どうしようもない領域。その領域に至ったら、結果がどうなるかは誰にも分からない。だから、神に祈り、縋る。
「でも、何があれば『いい一年』だって言えるんだろうな」
よく考えてみれば、振り返って「今年は最悪な一年だった」なんて評価できる方が珍しいだろ。
一年は三六五日もあるんだから、いいことも悪いこともそれなりにあって。
そして、余程人生をどん底に突き落とすくらいの凶事がない限り、「まあ色々あったけどいい一年だったんじゃないかな」となあなあに一年を評価するんじゃないだろうか。
「こうやって深夜に行列に並ぶだけの肉体的・精神的余裕が一年の終わりに残されているということは、十分に幸せなんじゃないかしらね」
「確かになあ」
一年を振り返る余裕があること自体が、その一年がいいものだったという証左なのかもしれなかった。
その後無事に初詣を終え、僕は「やっと家に帰れる!」と喜びに打ち震えたのだが、
「初詣が終わったら初日の出を見に行くわよ」
という山桜桃の一言により、新年早々寒さに震えながら山登りをすることになった。
これでいい一年にならなかったら、来年からは初詣には行かない。そんな覚悟をした年明けだった。
お久しぶりです。
生存報告も兼ねてちょっとした番外編です。
時間軸としては本編開始以前、悠輔と山桜桃が高校一年生のときの大晦日の話です。
悠輔が山桜桃とイチャイチャするだけの当たり障りのないショートエピソードとなっております。
本編の方もちょっとずつ書いているので、待ってくださっている方には気長に待って頂ければと思います。
それでは、今年もよろしくお願いいたします。