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千紫万紅  作者: リゾット
25/42

僕と義妹と家族会議と ~家族になろう~

「まあ、僕とエリカが結婚してから早一ヶ月が経過したわけでね。ここらでいっちょ、この激動の一月を振り返ってみようというわけなのさ」

 食後のコーヒーを飲みながら、父がそんなことを言った。

 一ヶ月か。速いものだ。

「そういや、新婚旅行は二人、どこに行ったんだっけ?」

「うん? 京都だけど」

 国内なんだ……。

「そんなに時間もお金もなかったからね。それにエリカが日本がいいというから」

「私、日本に来てから旅行に行ったことがなかったから……」

 シングルマザーとして、仕事と子育てを両立するのは並々ならぬ苦労だったろう。察するに余りある。旅行をしている余裕は金銭的にも時間的にも体力的にもなかったのかもしれない。

「リリちゃんがね、修学旅行で行ったのよね」

「……私は別に、修学旅行なんて行きたくはなかったのですが」

 窓際に座る凛々恵は、ぷい、と窓の外を向いてしまう。

 凛々恵の言葉が本音ではないことは、その場にいる誰もが理解していた。

 行きたくないなんてことはない。ただ、母親を差し置いて自分だけが旅行に行くことに後ろめたさを感じただけなのだ。修学旅行だって、タダではないのだから。

「それでリリちゃんが凄く楽しそうに私にお土産話をしてくれたから、私も行きたいなあ、って思ったのよ。だから遼一さんと結婚して、本当によかったわ」

「おいおい、僕と結婚したのはハネムーンのためかい」

 父が苦笑いしている。

「……でも確かに、何でエリカさんは、うちの父と結婚しようなんて思ったわけ?」

 折角の機会なんで、聞いてみた。

 純粋に興味がある。

 僕の問いに対し、エリカさんは不思議そうに首を傾げる。

「何で、って言われると難しいわねえ。好きだから、っていうのはアリ?」

「じゃあ、何で好きに?」

「悠輔くんってば。そんなのよく分からないに決まってるじゃない?

 人のキモチなんて、何でもかんでも理由づけ出来るものじゃないでしょう」

 何で好きか、とか。

 何で嫌いか、とか。

 人間は物事に納得いく理由を求めたがるものだが、人の感情とはそれ程単純ではないという話だ。

 何でか分からないけど好き、とか。

 何でか分からないけど嫌い、とか。

 そういうものなのだ。

「何となく好き、で結婚できるもんなの?」

「そういう、言葉で説明できない感覚的なモノって、大事よ?」

 確かに、結婚した理由を順序だてて理路整然と語られたら、それはそれで味気ない気もする。

「論理的思考は大事だけどね、悠輔。時にはあるがままを受け入れることも重要だよ。難しく考えるとドツボにはまるもんなのさ」

 父のその言葉にも、頷ける。

 何か僕、変に理屈っぽいところがあるみたいだからな……。

「難しく考えるより、自分の気持ちに正直でいる方がいいよ。子供のうちは特にね」

 大人になるとそうもいかないから、と父は苦笑いを浮かべた。

 そうなんだろうなあ、と僕は頷く。

「そうよ悠輔くん。だからお風呂上りのリリちゃんを見てムラムラするのも、悪いことではないのよ決して」

「そうか!」

「リリちゃんの胸の谷間を見て前かがみになっちゃうのも、悪いことではないのよ!」

「そうなのか!」

「干してあるリリちゃんのブラをじっと眺めちゃうのも、悪いことではないのよーっ!」

「そうだったのか!」

「でも許しません」

「すいませんでした!」

 僕は全身全霊頭を下げた。

 テーブルに額をこすりつけた。

 むしろテーブルをぶち割りかねないレベルだ。

「悠輔は、私のことをそんないやらしい目で見ていたのですか……」

「い、いや、違うんだ! 決してそんなことは!」

 ただ、年頃の男子の生理的反応として仕方がないというか、不可抗力!

 そういう風に出来てんだよ、男の子って!

「悠輔君も年頃だからね、仕方がないとは思うんだけど」

 やや同情的なエリカさん。

 でも多分、「~だけど、手を出したら殺す」とでも言いたげな空気を漂わせているのは、きっと気のせいじゃない。

「まあ悠輔は山桜桃ちゃんにすら手を出せないヘタレだからねえ。凛々恵の貞操が危ういということはないと思うけど」

 ヘラヘラ笑って言う父が憎い。フォローになってないからな、それ。

 しかも山桜桃に『すら』って何だよ。あいつは人類最強の女子だぞ。逆にこっちがやられてしまうわ。

「……まあ、確かにそうですね。悠輔といえばヘタレでした」

「うぉい!? 何か凄く不名誉なことを言われたぞ!」

「悠輔(笑)」

「笑うなぁー!」

「笑輔(悠)」

「入れ替えるなぁー!」

 弄ばれている気がする。

 悔しい。けど楽しい気もする。

「まあ、私の自慢の娘にドキドキしてもらうのは、親として光栄なのよね。だから悠輔君も、リリちゃんにメロメロになっていいのよ?」

「はあ」

 難しいなあ。

 セーフとアウトのラインが分からないや。

「触るのはダメなんでしょうか」

「リリちゃん、どこまではセーフ?」

「ええと、じゃあ頭まではセーフということで。首から下はアウトです」

 何だその基準。

「アウトになったらどうする?」

「折ります」

 心をだよね!?

 自尊心とか尊厳を著しく傷つけるというニュアンスの比喩表現であって、実際に何か特定の有体物を折るということではないよね!?

「……じゃあ、触らなきゃ何をしてもいいの?」

 エリカさんが凛々恵に尋ねる。

 まるで僕がルールの隙をついて何か間接的変態行為に及ぶことを警戒しているかのようであるが、考えすぎだろう。

 そもそも僕紳士だし。

「それは個々の事例に則して個別具体的に考えます」

 凛々恵の回答は無難なものだった。

「でも別に、胸の谷間を見るくらいで怒ったりはしません。私はそこまで狭量ではありません」

「え? そうなの?」

 はい、と凛々恵は頷いた。

「そういう視線には慣れていますから」

「そうそう。女性はね、男性の視線がどこに向いているかとか意外と分かるものなのよ?」

 確かに聞いたことあるなあ。胸をガン見したりするの、見られている女性側は気付いている、という話。目を見れば分かるらしい。

「だから悠輔君が私やリリちゃんのおっぱいに目線釘付けになっているのはバレバレです」

「何てこった」

 恐ろしい話だ。

 何て世知辛い世の中だろう。

「待てよう。僕ばかりなんだか矢面に立たされているけれど、父さんはどうなんだよう」

「遼一さんは、私の夫だからいいのよ。お互い裸も見せ合ってるわけだし」

 生々しい話だった。僕と凛々恵は揃って俯いてしまう。

「それに遼一さんはクールな大人だから、子供のおっぱい凝視したりはしないのよ」

 クールな大人はアニメキャラの抱き枕とか部屋に飾らないと思うんだけど。

 うちの父のディープなオタクっぷりを見て、それでもなお結婚できるんだから凄いよな、エリカさん。

「でもいいなあ、うら若き男女が一つ屋根の下だもんなあ。父さん羨ましいぞ」

 のんきに笑う父である。

 言っていることが杉村と同レベルだ。……そういや同類なんだこの二人。

「そんなん漫画とラノベの中だけだと思ってた」

 両親が再婚して義理の妹が出来るとかさ。改めて考えてみてもどんな妄想だよって感じだ。

 リアリティがなさ過ぎて妄想にすらならないレベルだ。

「でも、いいもんだろう? 家族って」

 父の問いかけに、僕は頷く。

 凛々恵のことも、エリカさんのことも、僕は完全には家族として受け容れきれていない。それはきっと向こうも同じなのだろう。

 でも、家族として上手くやっていこう、という意思はあるわけで。

 今はそれで十分なのだろう、と僕は思う。

 凛々恵もエリカさんも、まぎれもなく僕の家族なのだ。複雑な感情は、時間が解きほぐしてくれることを期待して。

「……これからもよろしく」

 僕はそう言って、深々と頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いします」

「よろしくね、悠輔君」

 それに応じて、凛々恵とエリカさんも一礼。

「悠輔君に『お母さん』と呼んでもらえるまで、頑張るわね」

「ど、努力します、僕も」

 中々気恥ずかしくて、僕は未だに『エリカさん』としか呼べないでいる。

 その意味では、まだまだ打ち解け足りないってところなのかな。

 ただ、僕は生まれてこの十数年、『母親』という概念を知らずに育ってきている。お隣の、櫻井の小母さんは母親代わりといっていいくらいお世話になったけれど。それでも『母さん』と呼ぶことはなかった。

 僕は生まれてこの方、一度だって人を『母さん』と呼んだことはないのだ。

 戸籍上の母親になったからといって、すんなりとエリカさんを『母さん』と呼ぶことは、実はそう簡単な話ではなかったりする。

 別に嫌なわけではないのだ。

 ただ、どこかしっくりこないだけで。

 案外、一度呼んでみればいいのかもしれない。一度呼んでしまえばすぐに馴れて、いつしか違和感も消失していくのかもしれない。けれど、その第一歩を踏み出すことがどうにも難しい。

 自分でもどうしてここまで難しいのか、分からないのだけど。

「そうだなあ。僕も凛々恵に『父さん』と呼んでもらえるよう、頑張らないとなあ」

「……善処いたします」

 おそらくは凛々恵も僕と同様の感情を抱いているのではないだろうか。

 凛々恵の場合、男性と接する経験がなかったというから、僕以上に難しいのかもな。

「それじゃあ、父娘の親交を深めるためにも、どうだい凛々恵、一緒にお風呂に入るというのは!」

「お断りします」

「死ねセクハラ親父」

「遼一さんあとでお話があります」

「即座に三者三様の対応!」

 家族の力だねえ! とやたら嬉しそうな父。ダメだこの人。

 まあ、でも家族思いではあるんだろうなあ。

「二人だった家族が四人に増えて、賑やかになったよな。いいことだ」

 しみじみと頷く父の言葉に、僕も頷く。

 何だかんだで、二人家族だったもんな。寂しいという感情も、ないでもなかった。

 山桜桃をはじめお隣さんが賑やかだったおかげで、かなり紛れていたけれど。

「あとはあれだな、悠輔が山桜桃ちゃんと結婚すればさらに賑やかに」

「何でそうなる」

「既に両家で話し合いは済んでいるんだぜ」

「本人同士を差し置いて話を進めるんじゃねぇー!」

 実際笑えない問題だ。小母さんには『いつになったらウチの娘もらってくれる?』とか言われる始末だしな……!

「前々から気になっていたのですが、どうして悠輔は山桜桃さんとくっつかないのですか?」

 心底不思議そうに首を傾げる凛々恵。いやあのな、お前とはもうその話しただろうが。

「山桜桃は僕にとって幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもないんだって」

「だから、幼馴染と恋人とは、排他的な概念ではないでしょうに」

 凛々恵の至極真っ当な反論に、僕は一瞬言葉に詰まった。

「――悠輔はまるで、頑なに山桜桃さんを『幼馴染』以外の人間として捉えたくないような、そんな風に見えますが」

「僕は……いや、そりゃあ山桜桃のことを大事な奴だと思ってるけど、でも、なんだ……?」

 恋人とか、そういう風に言われるのは、何かしっくりこないっていうか。

「悠輔は物心ついたころから山桜桃ちゃんと一緒にいるからなあ。ガチ幼馴染。あまりにも距離が近すぎて、かえって恋愛関係として捉えにくいのかもな」

 父の冷静な分析に、エリカさんと凛々恵はふんふんと頷いている。

 人の感情って、そうやって理屈で理解できるもんなのかな。疑問……。

「そ、それにさ。山桜桃の気持ちも、あるだろ」

「悠輔は山桜桃さんの気持ちを、確認したのですか?」

「してないけど……」

「だとすれば早計というものでしょう。それに、まるで山桜桃さんにその気があれば、悠輔は山桜桃さんとお付き合いする意思がある、と言う風にも聞こえますが」

 山桜桃の、気持ち。

 もしも山桜桃が、僕に告白してきたら……?

 やべえ、僕どうするんだ?

 まるで想像がつかない。

 幼い頃からずっと一緒で。お前ら結婚しちゃえよだなんて何度もからかわれた。それでも僕とあいつは幼馴染同士だったわけで。これからもそうなんだと、そういう風に思ってた。

 僕の中で、七竈香子の言葉が反芻される。

 僕にとって山桜桃は幼馴染で。

 山桜桃にとって僕は幼馴染で。

 それは共通見解だ。でも。

 『幼馴染』って、なんだ?

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