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千紫万紅  作者: リゾット
24/42

僕と義妹と家族会議と ~あにといもうと~

 ファミレスに入った僕らは、四人席に案内された。

 僕とエリカさん、父と凛々恵がそれぞれ隣り合う形で座る。

 とりあえず人数分のドリンクバーを注文し、僕と凛々恵がみんなの飲み物を持ってくることになった。

 父はホットコーヒー。エリカさんはアイスティーだった。

「ドリンクバーというのは、実際のところ、どうなのでしょうね」

「どうなの、ってのは?」

 僕は自分のオレンジジュースを注ぎながら、凛々恵の言葉に耳を傾ける。凛々恵は僕の隣でコーラを注いでいる。

 ファミレスのドリンクバーに不慣れなのだろうか……グラスの半分が泡で埋め尽くされてしまっているようだ。ドリンクバーで炭酸飲料を注ぐときはちょっとコツがいるのだが彼女はそれを知らぬようで。

「飲み放題と言えば聞こえはよいですが、しかしどれだけ飲めば元が取れるのでしょう」

「いやあ、ドリンクバーで元を取るのは無理だって」

「え、そうなのですか」

 意外そうな顔をする凛々恵。

 母子家庭で、決して裕福ではない環境で育ったのに、凛々恵はどこか箱入り娘みたいなところがあるからなあ。幼稚園から名門女子校に奨学金で通っていたからだろうか。

「ちなみに炭酸飲料は特に安い。シロップを炭酸飲料で薄めているからね。オレンジジュースの方が原価は高いから、お得っちゃあお得かもな」

 それでも微々たる差ではあるけど。

「ドリンクバー、使うの初めて?」

「高校生になるまで、私はそもそもファミレスに来たことがありませんでしたよ」

「マジで? じゃあ今日が初めてか?」

 いえ、と凛々恵は首を振った。

 何だ、違うのか。じゃあいつの間に初体験を済ませたのだろう。

「この間、茶道部の新入生歓迎会で」

「茶道部……茶道部ね」

 ああ、そういや茶道部に入ったって山桜桃が言ってたっけ。

 二人の新入生。

 二人ともおっぱいが大きいらしい。

「これで茶道部も廃部を免れたってわけだ」

 部員は最低五人いなければならない。部員が揃わなければ同好会へ格下げだ。

 正式な部と同好会の違いは、要するに部費が予算として下りるか否かだ。同好会でも生徒会の認可を得た公式同好会であれば部室を与えられるが、活動に必要となる経費が部費として処理されない。まったく出ない訳ではなく補助金とかの制度もあるけどまあ、雀の涙だ。なのでどの同好会も、部への昇格を狙ってしのぎを削っていたりもする。

「あの学校、立派な茶室があるのですね。意外でした」

「古い学校だからなあ」

 山桜桃の祖母があの高校の卒業生で、茶道部の創設者であるという逸話は、まあ多分僕くらいしか知らないんだろうけど。

「それにしても、何で茶道部に決めたんだ? 山桜桃に強引に勧誘されたんじゃ……」

 その可能性は十分にありうる。

 単に山桜桃の性格が強引だから、というわけでない。祖母が作った部を、伝統を途絶えさせたくないという思いを、山桜桃は抱いているのだ。傲岸不遜な女だが筋は通っている。その思いを僕は知っているから、できれば応援してやりたいところだけど、凛々恵がそれに無理に付き合うことはない。

「いえ、まあ積極的な……ええ、かなり積極的な勧誘はされましたが、最終的には私の意思です。私、やっぱり日本の伝統文化を学びたいと思っていたので、そういう意味では茶道部はうってつけなのですよ。先輩方もいい人そうですから……」

「そうか……」

「ほら、私ハーフですし、日本人である父親を知らないこともあって、日本独特の文化を色々学んでみたいといつも思っていたのですよ」

 僕は凛々恵の綺麗なブロンドヘアーに目をやる。うむ、日本人の血が入っているとは思えないくらいに綺麗な金色だ。それでも彼女はれっきとした日本人であるわけで。

「……楽しくやれるといいな、茶道部」

 心からそう思う。

 凛々恵が、この国で、いい高校生活を送れることを心から願うばかりだ。

「はい。……そういえば、悠輔は生徒会に入っているのでしたよね。部活ではなく」

「ああ、うん。まあね。庶務なんて役職は実質パシリみたいなものだけどさ」

 生徒会執行部は会長・副会長・会計・書記・庶務から構成されている。庶務なんていえば聞こえはいいが、やっているのは連絡役とか肉体労働とかそんなんばっかである。

 それも、たずにゃん……もとい岩千鳥先輩に言わせれば、

「雄漂木君じゃなきゃ出来ない仕事だよー」

 とのことらしい。まああの人が言うならそうなんじゃないかな。

 適材適所。

 あの人の人選センスを、僕は信頼している。副会長に、まだ一年生でしかも元不良の杉村恭一を選んだのも、それは彼女の審美眼によるものだ。周りからすればそれは暴挙だったのだろうけれど。

「中学の時は、何か部活を?」

「いや、帰宅部だったよ。家のこととかやらなきゃいけなかったし、さ」

「私もです」

 そう言って凛々恵ははにかんだ。

「私と悠輔は、どこか、似ていますね」

「……そうかもな」

 片親の家庭で育ったことも、決して無関係ではないのだろう。

 似たような環境は、似たような人格を作るのだということか。

「きっと私と悠輔が異性でなければ、とても気の合う友達になれたのでしょう」

「友達」

 ううむ?

 そうか、僕は凛々恵と結構仲良しになったけれど、しかし友達ではないのか。

 兄と妹。

 少なくも戸籍上はそういうことになっているわけで。

 つまりは、家族。

 血の繋がりはなくとも――僕と凛々恵は兄妹なのだ。

 どこまでいこうとも。

「悠輔は、もう私の義兄あにですからね」

「……そう思うなら僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶといいぞ、義妹いもうとよ」

「それは遠慮しておきます」

 ばっさりである。

 ちょっとショックかもしれないが、一方でもっと斬られたいと思う自分がいるのもまた事実だ。

「だいいち、ずるいです。私が悠輔のことを仮に『お兄ちゃん』と呼んだって、悠輔は私のことを変わらず『凛々恵』と呼ぶことに変わりはないのですから」

「そりゃあ、先に生まれた者の特権ってやつじゃないか?」

 兄や姉に対しては兄さん姉さんと呼ぶが、しかし弟や妹に対しては名前を呼ぶだけでいい。

 目上の人間を敬うっていう観念からくる習慣なんだろうなあ。日本ならでは、という気もする。

「だから私は悠輔のことを悠輔と呼びます」

「思えば会った時からそうだったよなあ」

 あの頃、凛々恵は僕に尋ねたのだ。

「あなたのことを、なんと呼べばいいのかわかりません」

 兄、とは呼べず。

 さりとて苗字でも呼べず。

 名前しか、なかった。

 君とかさんとかもつけず、呼び捨てに。それはともすれば無礼だと思われがちではあるが、しかし呼び捨ては彼女なりの親愛の証だ。

 歩み寄り、だったのだ。

「これからも悠輔で統一です。異論はありますか」

「無いよ、今のところは」

 義妹の想いは尊重しようじゃないか。

 ただし、僕が大人しく引き下がると思ったら大間違いなのだ。

「いずれ僕のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ日が来るんだぜ、凛々恵」

「その自信は一体どこから来るのですか……」

 若干、凛々恵が引いていた。

 うん。ぶっちゃけ僕にもよくわからないしね。何故かはさっぱりわからないが僕は凛々恵に『お兄ちゃん』と呼んでほしいらしい。

 んー、そう考えるとエリカさんもこういう気持ちだったのか。僕に『お母さん』と呼んでほしくてたまらないのかもしれない。

「そういや凛々恵は、うちの親父のこと、何て呼んでるんだ? 流石に『お父さん』とは呼べないだろうけど……」

「パピーです」

「嘘だろぉ!?」

「嘘です」

 何だ嘘か。

 危うく僕もエリカさんのことを『マミー』と呼ばなきゃいけなくなるところだったぜ。

「本当はダディです」

「欧米か!」

「ドイツです」

「む」

 胸を張る凛々恵。

 いや、しかしお前は日本生まれの日本育ちじゃねーか。

「まあ、無難に遼一さん、と名前でお呼びしています」

「そんなとこだよな」

 焦ることはないだろう。

 少しずつ、分かり合って、歩み寄っていけばいいのだから。

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