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千紫万紅  作者: リゾット
23/42

僕と義妹と家族会議と ~外食~

「今日は外食しようか」

 日も暮れた頃になって帰宅した僕に対し、父が開口一番、そんなことを言った。

 珍しく夕方に家にいる。ダイニングテーブルで新聞を読んでいる父の姿はどこか新鮮だ。隣にはエリカさんが座っていて、夫婦仲睦まじいことで結構だ。凛々恵はというとソファに座ってテレビを見ている。

 おお、一家団欒?

「……いきなりだな、随分」

「まあまあ、たまには良いじゃないか。なあエリカ」

 はっはっはと笑ってみせる父。何か企んでいるのだろうか。

 一抹の不安を覚える。

「そうねえ。いいわね外食。行きましょう。ね、リリちゃん」

 そんな父の横で楽しげに笑っているエリカさん。可愛いなあこの人。

「私はどっちでも……」

「そうよね行きたいわよね。ということで過半数の賛成を得たので、審議の結果今日の晩御飯は駅前のファミレスでーす」

 民主主義なんて幻想だ。

 ま、別に僕も外食が嫌だなんてわけじゃ全くない。

 むしろ、ちょっと楽しみにすら思える。家族でファミレスに行くなんて初めてのことだ。お隣の櫻井家に混じって行ったことはあるけども。

 大勢の人が忘れているのかもしれないが、ファミレスはファミリーレストランの略なのだ。家族で行ってこそファミレスの本懐も遂げられようというものである。

「じゃあ、出発」

 そういうわけで、僕は生まれて初めて、家族でファミレスに行くことになったのだった、

 駅のすぐ側にあるファミレスに行くらしい。この時間だと家族連れ以外に学生とかも結構いそうだ。

 かく言う僕も放課後にドリンクバーの恩恵にしばしば与っている。

「外食なんて随分久しぶりだわ」

 ご機嫌な様子でエリカさんは僕の横を歩いている。二人並んで歩くというのは、そういえばこれも初めてかもしれない。僕の前方を父と凛々恵が並んで歩いているのもまた新鮮。

「僕も。友達と放課後行くことはあるけど」

 夕食なんて家で作るか櫻井家で世話になるか杉村あたりと食いにいくかだったからなあ。

 家族でファミレス、なんて経験したこともない。

「遼一さんと再婚する前は、外食なんて全然したことなかったわねえ」

「そうなの?」

「私は仕事で忙しかったし、貧乏だったから。リリちゃんいい子だから、節約料理を勉強して作ってくれてたりしたわねえ。今思うと苦労をかけたわ……」

 母子家庭ってのも大変なんだなあ。

 僕も父子家庭だし苦労をしていないわけじゃないけど。

「遼一さんから聞いてるわよ、悠輔くんも一人で色々家事とかやってくれて、凄く助かったって」

「必要に迫られて、って感じだけど」

 仕事で家を空けることが多い父に代わって、雄漂木家の家事は僕がこなしていた。

 家事といっても、そんな大したことはしていない。掃除も洗濯もそう難しいものではないし。食事に関してはお隣の櫻井家で世話になることが多かったため、これも苦労はしていなかった。甘えっぱなしは嫌だったので、なるべく自分で作るようにはしていたけど。そのお陰というべきなのか、今でも料理は好きだったりする。

「でも、だからなのかな――片親の家庭で育ってきてるから、リリちゃんと悠輔君、結構似たところあるっていうか」

 気が合いそうよね、とエリカさんは嬉しそうに言った。

 自分の子供と相手方の連れ子とが仲良く出来るかどうかは、やはり懸念されていたことなのだろう。

 実際、最初は中々打ち解けなかった。

 今でこそ超仲良しだけど。

 二人でスマブラとかやるし。

「ウマは合うよ、実際。お互い趣味とか嗜好とか全然違うけど、だからこそ話してて楽しいっていうか。もうそんじょそこらの兄妹と比べても仲の良さはダンチだと自負しているけど」

「でもリリちゃんは悠輔君のこと『お兄ちゃん』って呼ばないのよねえ」

「そこな……」

 どれだけ仲良くなっても、未だに凛々恵は僕を『お兄ちゃん』とか『兄さん』とか、兄のつく呼称を用いてくれないのだ。兄貴でも兄者でも兄上でもいいから呼んで欲しい。

 何故か?

 それは凛々恵が僕の義妹であり、僕が凛々恵の義兄だからだ。

「でもね、悠輔君も、私のことをまだ『お母さん』とは呼べないでしょう?」

「う」

 それを言われると弱い。

 実際のところ、僕は何故だか、エリカさんを母と呼べずにいる。

 義理の母親としてのエリカさんに不満を抱いているわけでは、まったくない。こんな出来すぎた人が義理の母親とか、身に余る幸せというものだ。

 しかし、それはそれ。

 『母親』というものを知らずに育ってきた僕が、ある日突然「今日からお前の母さんだ」と紹介された女性をすんなり『母親』として受け入れられるかどうかというのは、また別の問題になってしまうのである。

 人間、そう簡単には行かない。

 戸籍上、僕とエリカさんは親子関係にあるのだろうけれど、話はそう単純ではないというわけだ。お互いの気持ちとか、色々複雑なわけで。

 そう考えると、今日の昼、七竈がしていた話もちょっと分かる気がする。

 エリカさんは僕にとって『義母』なわけだけど、この『義母』という概念が意味するところは、決して辞書を引けば載っているような単純明快なものでは、ない。

 ならば『義妹』の凛々恵も、『幼馴染』の山桜桃も、また同様。

 ……なんて言ってみたところで、結局総括すれば「人間を属性で括るのは無理だよね」という至極当然な話に過ぎない。人間関係はそんなに分かりやすくカテゴライズできるようなものではないのだ。

「私もまだ、悠輔君を君付けで呼んでいる以上、おあいこさまね。まだまだ家族として距離がある感じかしら」

 急には無理だよね、と。

 エリカさんは苦笑いを浮かべる。

「急だったもんね、悠輔君に知らせたの。びっくりしたでしょ。いきなりどこの国の出身とも分からぬ女性を紹介され『今日からお前の母親と妹だよ』なんていわれても、ねえ」

「確かにあれはビックリした」

 もっと事前に色々告知とかあるべきだっただろ、と僕は父に対して文句を言いたい。

 っていうか言った。春休みに。

 そしたらあの野郎、「サプライズがしたくてさあ」などと抜かしやがった。我が父ながら悪戯心が過ぎるというものだ。

「悠輔君もリリちゃんも、それはもうビックリしただろうけれど……。でもこうして、皆で食事に出かけられるのって、素敵よね」

 目の前を歩く父と凛々恵を見て、エリカさんはそう言った。

 僕も同感だ。

 こうして家族揃って食事をしにいくという、普通の家族からすればごく当たり前であろう行為が、この僕にとってはとても新鮮に思える。

 正直に言えば、僕はこういうことに、憧れていた。

 賑やかな家族を持つ他のみんなが、羨ましかった。

 だから今日こうして歩いていられることが、僕にとっては十分すぎるほどに幸せなことなのだ。

「……でもさあ、悠輔君。ぶっちゃけウチの娘、どう? 一緒に暮らしてて、ムラムラしない?」

「台無しだ!」

 ちょっといい話みたいな感じになってたのに!

 全部ぶち壊しやがった!

 もうちょい浸らせてくれたっていいじゃん!

「だってあの娘、すごくない? 高校一年生であのボディって。私もあの年頃はもうちょい控えめだったと思うわ」

 完全にあなたの血です。

 正直言って今こうして歩いている間にも、エリカさんの胸が気になっちゃったりする。

 だって超でかいんだもん。

 前に一回、ほんの偶然――いや本当にこれはマジで偶然――エリカさんのブラを目にすることがあったのだが、あんなに大きなブラジャーってあるんだ、ってびっくりさせられた。あの山桜桃ですらエリカさんを相手にしては後塵を拝することになろう。

「いきなりあんなグラマーな女の子と一つ屋根の下って、年頃の男子としてはどうなの? やっぱりこう、高まる?」

「何をおっしゃいますやら」

 はん、と僕は鼻で笑う。

 愚問中の愚問だ。

「僕は義理の妹に欲情するような変態ではありませんよ。どうにも日本では『妹萌え』なる文化が蔓延っているようですが、しかし紳士たる僕から言わせてもらうならば、そんなものは所詮空想、幻想、夢想、妄想に過ぎませんね。家族に対して欲情するなど、倫理に対する反逆でしかない」

「本音は?」

「時折見える胸の谷間とかスパッツの上からでも分かる尻の形とかいやもう正直いって辛抱たまらん――ってしまったあ!?」

 うっかり本音を漏らした、いや、口を滑らされた!

 エリカさん、中々の策士!

「やっぱそうよね、ウチの娘、可愛いし」

 自慢げに胸を張るエリカさん。狙ってやってるのだろうか。

 っていうか母親としてそれでいいのか。

 今、僕、結構な問題発言をしたように思うんだけど……。

「もし僕が変な気を起こして、凛々恵を襲ったりしたらどうする?」

「悠輔君はそんなことしないでしょ?」

 それは信頼されてるのか。それともチキンだと思われてるのか。

 いや、しないよ? 変なこと。

 しないけどさあ。

「仮に、だけど」

「そうねえ……もしそんなことになったら……どうしましょうねえ?」

 うふふ、と笑うエリカさん。

 怖いわ。

 己の末路が想像できない。っていうかしない方が絶対にいい。

 精神衛生的に。

お久しぶりですまたまた。いやあのほんとすみません。

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